偽善の愛情
双葉 琥珀
7月20日-1-
周囲の喧騒の声で目が覚めた。
一体・・・ここはどこなのだろうか?
ゆっくりと起きあがり、辺りを見渡す。
広い学校の体育館のような建物の中に僕はいた。
周りに人が結構いるが誰も分からない。
いや・・もしかしたら知人もいるのかも知れないが、人が多すぎてやっぱりよく分からない。
パッと見た様子では200人以上はいるんじゃないか?
それも老若男女、子供から老人までいる。
周囲の人達も僕と同じように、不安気な表情でキョロキョロと辺りを窺っている。
幼い子供も何人もいて泣いている子もいる。
見渡すと監視カメラがぽつぽつと設置されていて居心地が悪い。
迂闊に動かない方がいい気がする。
現状が把握出来ない今、闇雲に動いた所で好転するとは思えない。
それよりも何故こんな所へ来ているのかを考えるのが先だ。
たしか仕事から家に帰って、アパートの前でポケットから鍵を取りだそうとした瞬間、背後から何者かに何かを・・・された?気がする。
多分そこからの記憶がない。
仕事から戻ってクタクタになっていたから、あまり思考も働いていなかった。
そもそも今のこの段階でもあまり思考が働かない。
頭が痛い訳でも無いし疲れている訳でもない。
ただ・・・お腹は空いてはいる。
最後の記憶から1日位は過ぎてるのか?
腹具合いから察知出来る訳もなく、僕は無意識に腕を組んでいた。
ただ腕を組んだ瞬間、両腕に何かが付いているのを感じた。
手首に何かが巻かれている。
両腕共に緑色の腕輪みたいな物がある。
勿論こんな腕輪に見覚えなんかない。
周辺を見渡すと周りの人達も僕と同じ腕輪を巻いている。
これは・・・何だろうか?
ペット感覚で犬の首輪と同じように僕達にも巻かれているのだろうか?
それともGPSみたいに位置を特定出来るセンサーが内蔵されているのか?
もしそうだとしたら両腕にあるのも不思議だ。
多分だけど気を失っている時に付けられたのだろう。
一体誰が何の為にこんな物を。
周りの人も僕と同じで眠らされ気を失った時に付けられたのかな?
最適解は見つからない。
そんな事を考えているとプツリと音が聞こえた。
『えー、皆さま、ご静粛にお願いします』
女性の声で放送が流れた。
放送音で余計に周りはざわつく。
女性の声だが違和感がある。
テレビなんかであるボイスチェンジャーを使った声のようだ。
変声機を使ってこちらに話し掛けてくる辺りが用意周到で嫌な予感がした。
『さて・・ここに集まって頂いた215名の方には、これからいくつかの説明をさせて頂きます』
今この場に215人いるのか?
人数を把握してる事も考えると、この声の主が僕達をここに誘拐したのだろうか?
「誰やお前!姿出せや!」
近くにいた金髪の見た目がチャラチャラした不良っぽい少年が叫んだ。
『お静かにお願いします』
「喧嘩売ってんのか?あぁ?」
少年は凄みのある顔で監視カメラを睨んだ。
『皆さまが、ここに集められたのは、この島で新しい生活を始めていただく為であります』
はぁ?
てか、少年の威嚇を無視している訳だが、そんな事より・・新しい生活?島?
「シカトこいてんじゃねぇよカスが!」
地面を足踏み少年が叫ぶ。
少年の周りの人達がそれを見て2、3歩下がる。
『お静かにお願いします』
またか・・そればっかじゃねぇか。
「うっせぇ、ここから出せや!?」
『皆さまの両腕にある腕輪は爆弾で御座います』
しれっととんでも発言をする声の主に一瞬にしてこの場の空気が変わった。
青ざめた表情になる人達が大半だ。
少年も引きつった表情になり黙り込んだ。
爆弾って本当なのか?
単にこの場を黙らせる為の嘘なのではないのか?
だけどここに僕達を監禁させるような力がある者ならば可能にも思えてくる。
緊迫した空気の中で淡々と放送は続いた。
『えぇー、先程言ったように皆さまには、この島で新しい生活を送って頂きます。設備はある程度整っていますのでご安心下さい』
何を言ってるんだ?
新しい生活?そんな事が出来る訳ないだろ。
言い方から察するに、ここにいる215人だか全員を指しているが、普通に誰もが納得しないはずだ。
ご安心出来る訳が無い。
『この場にいる方々は、無差別に選ばさせて頂きました。昨日までの生活を捨て本日より新しい人生をお過ごし下さい!』
後半の言い方が喜ばしい事の様な甲高い言動だが、そもそもそんな荒唐無稽な話しが成立する訳が無い。
ここから脱出する事を考えなくてはならない。多分周りにいるほとんどの人達も、僕と同じ様に考えていると思う。
無差別に選んだと言ってるのも何となく本当にそうなのかも知れない。
実際周囲の男女比率、年齢層もバラバラな訳で言ってて虚しくなるが、僕なんか工場で働いている冴えない奴だし。
選ばれた人種とは到底考えにくい。
だが家には帰りたい。
家にというより彼女に逢いたい。
彼女に何も言わず、いや・・何も言えずにここに連れて来られた訳だから。
携帯なんかも当然没収されている。
この建物の出入口の扉も恐らく鍵が掛かっていると思う。
それ以前にそんな事は僕が眠っている内に誰かが試したハズだ。
だから今、入り口の前に確認をしに行くのも無意味だ。
仮にそんな事をしようものなら、本当かどうか分からないが爆弾を作動されてしまうかもしれない。
だからと言うかやはりと言うか、今はまだ闇雲に動き回るのも良く無い。
『この島にある民家は皆さまが自由に住んで頂いて結構です。この島で誰と何をしようとも原則自由となっております。ただ島のあちらこちらに監視カメラは設置しておりますので、そちらにつきましてはご了承下さいませ』
ご了承下さいませじゃないだろ。
こんな所にすし詰めに集めて何を言ってる。
当たり前の様に言ってるが周りが新生活に応じるとは考えにくい。
だけど・・・暴動が起きるとも考えにくい。
両腕にある腕輪に本当に爆弾が付いているのならばそれが抑止力となるから。
「お、お家にっ、帰りたいよぉ~」
小さな女児が泣きながら叫んだ。
見た目、4、5歳位の物心が付いたばかりの女の子までいる。
『ここが、、、この島があなたの、お家ですよ?』
「マ、ママはどこ?」
ぐずりながら両目の涙を拭く幼女にアナウンスはあっけらかんと答えた。
『ママはいません。ここで新しいママを見つけて下さいね!』
容赦無く斬り捨てる発言に幼女は大粒の涙を溢しながら泣き出した。
隣に居たお姉さんがオロオロとしながらも、優しく幼女をあやすが幼女は泣き止む気配が無い。
その瞬間ーー
「うるさいぞガキ!!」
言いながら背後に居た中年の男が幼女の背中を蹴った。
そのあり得ないような行動に周りがざわついた。
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