【第三巻:事前公開中】魔法で人は殺せない15
蒲生 竜哉
リリィの冒険
その日リリィはエリーゼからテレグラムを受け取った。日曜日にリリィを誘う内容だ。ダベンポートは笑顔で行ってこいと言う。付き添いをお願いしたら断られた。 内気なリリィが果たして一人でエリーゼに会えるのか?
第一話
その日の早朝、リリィはテレグラムを受け取った。
差出人はエリーゼ・レシュリスカヤ、受取人はダベンポート。
(あ、エリーゼさんからだ)
テレグラムがきたのはちょうど朝の掃除が終わったタイミングだった。
届いたテレグラムはエプロンのポケットに大切にしまう。早朝に来たテレグラムだ、きっと何か重要な事が書かれているに違いない。
今日の朝食はちょっと頑張ってエッグズベネディクトにした。付け合わせは生野菜のサラダ、それにベイクドビーンズ、ジャガイモとキノコの炒め物。
(旦那様はミューズリーがお好きだから)
ミューズリーは自分で取り分けられるようにボウルに入れ、その隣にはヨーグルトを添える。ミューズリーに入れられるようにイチゴとルバーブのジャムも添えた。
エッグズベネディクトのいいところはトーストと卵料理が一遍に味わえるところだろう。これを一人に二つ、オランデーズソースはできたての温かいものをテルモスに入れておいた。こうしておけばいつでも食べる時に暖かいソースをかけられる。
「おはよう、リリィ」
ちょうど朝食の配膳が終わったところでダベンポートが起きてきた。
最近は事件らしい事件がないらしく、ダベンポートは暇そうにしている。もう少し経つと退屈してつまらなそうになるのだが、あと一週間くらいなら大丈夫だろう。
「おはようございます、旦那様。ちょうど朝ごはんが出来たところです」
「それはグッドタイミングだった。おや、今朝はエッグズベネディクトかい?」
食卓を見ながらダベンポートが鼻を動かす。
「はい。ちょっと頑張ってみました」
「素晴らしい。じゃあ、いただこうか」
ダベンポートはリリィの引いてくれた椅子に座ると、早速自分のボウルにミューズリーを大きなスプーンでひとすくい取り分けた。その上から緩いヨーグルトを注ぎ、上にイチゴのジャムを添える。
「旦那様、お茶です」
リリィはダベンポートの右側から紅茶を注いだ。
「ありがとう、リリィ」
ダベンポートがミルクピッチャーからミルクを少々注ぎ、モーニングブレンドのミルクティーにする。
リリィはダベンポートがミューズリーを食べ始めるのを見届けてから先のテレグラムを差し出した。
「旦那様、テレグラムが朝届きました。エリーゼさんからです」
「ふむ、もうエリーゼは僕には用事はないはずだがなあ。また跳べなくなったのかな?」
そう言いながらテレグラムを開く。
「ん?」
ダベンポートはそのテレグラムを読むと相好を崩した。
「はは、これはいい。リリィ、読んでご覧?」
ダベンポートは振り返ってリリィにそのテレグラムを手渡した。
「? はい」
渡されたテレグラムを開いてみる。
中にはこんなことが書いてあった。
『キタル ニチヨウビ リリィサン ヲ オカリシタク エリーゼ・レシュリスカヤ』
?
どういう意味だろう?
そんなリリィの様子を見ながら、ダベンポートの笑みが大きくなった。
「遊びの誘いだよ、リリィ。エリーゼも公演が終わってオフになったんだろう。なんでか知らないけど気に入られたみたいだね」
「え?」
ちょっと意味がよく判らない。
「判らないかな? 直接リリィを誘うとリリィが困ってしまうじゃないか。だからエリーゼはわざわざ気を効かせて僕にテレグラムを打ったんだよ」
「え? でも、わたしエリーゼさんのこと良く知りません」
「これから知ればいいだけのことさ」
ダベンポートは事もなげに言った。
「行っておいでリリィ。天下の王立芸術劇場のエトワールとのデートなんて素晴らしいじゃないか。日曜日にはお休みとお小遣いをあげよう。二人で楽しんでくるといい」
ええ〜?
でも、流石に嫌ですとは言えない。
「え? じゃあ、旦那様ご一緒に……」
怖がりのリリィは早速ダベンポートに救いを求めた。
一人じゃ無理だ。でも旦那様が一緒なら……
「嫌だよ。なんで君たちの引率をしなければならないんだ。僕は女性同士の交流を邪魔するほど野暮じゃない」
ダベンポートは救いの手を求めるリリィのお願いをにべもなく断った。
しかし、邪険な感じではない。むしろ優しく送り出しているかのようだ。
リリィを見つめるダベンポートの笑みが大きくなる。
どうやらダベンポートは大変に喜んでいる様子だ。
「いい機会だよリリィ。ここは一つ、エリーゼにセントラルでの遊び方を教えてもらうといい」
「そんな、わたし困ります」
リリィはすでに涙目になっていた。
旦那様のいじわる。
いつもはあんなにわたしの身を案じてくれるのに、なぜこんないじわるをするんだろう?
せっかく朝ごはんを頑張って作って嬉しい気持ちになっていたのに。
リリィは一気に気持ちが沈んでいくのを感じた。
なんか自分が萎れたお花になったみたい。
無論、ダベンポートには読みがあった。
あのエリーゼ・レシュリスカヤのお出かけだ。お忍びということはまずあり得ない。それはテレグラムを打っている事からも明らかだ。
ならば外出には必ず芸術院の白い馬車に乗るはず。あの馬車の御者は警察官だ。そして場所は昼間のセントラル。これ以上安全なお出かけは考えられない。
であるならば、リリィの身に危険が及ぶ可能性は万に一つもないだろう。
リリィは困り果てて
「リリィ?」
ダベンポートはリリィに優しく話しかけた。
「リリィはエリーゼが嫌いかい?」
リリィは俯いたまま、黙ってふるふると首を横に振った。
「……でも、一人で会うのは怖いです」
「怖いもんか」
ダベンポートは両手を広げた。
「エリーゼは優しかっただろう?」
「……はい」
こっくりと頷く。
「いい人だっただろう?」
「……はい」
ダベンポートは特にリリィの人見知りを直したいとも思わないし、もちろんリリィをいじめるつもりもなかった。
リリィはダベンポートにとても良くしてくれている。ハウスメイドとしても完璧だ。だが同時に、リリィが他にあまり親しい友達がいない事を少し心配してもいた。一番親しいのはおそらくキキだろう。
リリィはいつもキキと話している。しかし、猫が親友ってそれでいいのだろうか?
だから、ダベンポートはエリーゼのリリィと友達になりたいという申し出を有り難く受ける事にしたのだった。
エリーゼは素晴らしい女性だ。エリーゼならきっとリリィの良い友達になってくれる。
「一人素敵な友達が増えるかも知れないんだ、安心して行っておいで。心配しないで楽しんでおいで。一緒に美味しいものをお食べて、いろんな事をエリーゼに教わるといい。エリーゼと行くセントラルはきっと楽しいよ」
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