第41話:この幸せがずっと続きますように
──美奈が嘘をつくときには、左手の指で頬をぽりぽりと掻く仕草をする。
そうだ。僕の想いを書き出した紙を挟んだままの『もし僕』を、美奈が持ち帰った次の日。
僕からの電話に美奈は気づかなかったと言った。そして本は『まだ読んでない』と言ったあの時。美奈は左手の人差し指で頰を掻いてたように思う。
ってことはつまり、美奈はその時には、既に僕の想いを書いた紙を見てたってことか。
もしもそうだとすると、美奈の家で美奈が偶然本を落として紙を見られて、その後美奈の部屋で写真立てを見てしまったあれは……
偶然なんかじゃなくて……そうだったのか。
そういうことだとすれば、美奈がさらに可愛く思えてきた。
横目でチラリと美奈を見ると、楽しそうに仲也と話してる。
僕は心の中で、美奈に『これからもよろしくね』と呟いた。
やがて僕の家に着いて、二人と別れて家に入った。スマホを取り出して、仲也にメッセージを送る。
『ホントにありがとう。仲也と友達で良かった』
しばらくして、親指を突き立てて『グッ!』と書いてあるスタンプが仲也から届いて、思わず笑顔が漏れる。
スマホの画面を眺めていると、二階からばたばたと階段を降りる足音が聞こえた。
「おかえり、お兄ちゃん!」
満面の笑みで居間に入ってきたのは、妹の
「今日も仲也さん、カッコよかったねぇ~」
仲也の姿を、二階の自分の部屋から見てたのだろう。愛理は顔がにやけてへにゃへにゃになってる。
「そうだね。カッコいいよね。愛理もがんばれよ」
「あれ? お兄ちゃん、いいことあった?」
あっという間に見破られた。知らず知らずのうちに、にやけてたのかもしれない。
「しかも『愛理も』って、自分はうまくいってるふうだし」
愛理はジトッとした目で、僕の顔を覗き込んだ。しまった。口は災いの元だ。
「まあいっか。お兄ちゃんが誰とどうしようが、私には関係ないし」
「そうそう。関係ないよ」
「自分だけいいことあるって感じだし、なーんか気分悪い」
愛理はちょっと不機嫌になって、二階へと戻って行った。
悪いな愛理。だけどリワインド前の世界で、愛理が僕を励ましてくれたことを、僕はちゃんと覚えてる。
「ありがとな愛理」
本人には伝わらないだろうけど、声に出して愛理に礼を言っといた。
でもやっとちゃんとした形で、美奈と想いを交わすことができた。色々あったけど、ホントに良かった。
──この幸せがずっと続きますように。
僕はそう願った。
◆◇◆
─五月下旬の木曜日(二度目?)─
翌日、授業が終わって文芸部の部室に行った。
そう言えば加代は、僕が元の世界に戻る瞬間に立ち会いたいって言ってたな。その約束は叶わなかった。あれだけ僕のために色々してくれたのに、加代には申し訳ない。
加代には何のことだかわからないだろうけど、せめて彼女にはお礼を言いたい。
部室に入ると、加代はいつものようにパソコンに向かっていた。
「オッス吉田」
「オッス加代」
ルーチンの挨拶を交わして、すぐに僕は加代に声をかけた。
「加代、いつもありがとう」
「なに? なんの話?」
訝しがる加代に、僕は笑顔で「色々と」と返した。加代はいつものクールな表情を崩して、「そっか」と笑顔で答える。
この世界の加代は何も知らないけど、ホントに加代には感謝してる。そして加代の想いに応えることができないで、僕が美奈を選んだことを申し訳なく思う。
加代には、また違った形で幸せをつかんでほしいと、心から思う。
「あのさ、吉田」
加代が立ち上がって、歩み寄ってきた。
「なに?」
「昨日学校の帰りに道端で立ち止まって、中谷と美奈ちゃんと三人で、なんか話してたでしょ?」
「え? ああ、それがなに?」
美奈に僕たちが告白した時のことを言ってるんだろうか? でもあの時は周りに人がいないのを確認したから、加代は違うことを言ってるんだよな。
「やっぱり吉田は美奈ちゃんが好きだって告白して、美奈ちゃんも吉田を好きだって答えたのかな?」
「えっ? なんでそれを?」
「物陰に隠れて見てたんだ。声は細かいところは聞こえなかったけどね。やっぱりそうだったんだね」
加代があのシーンを見てた?
聞かれてたんだと思うと、めっちゃ恥ずかしい。
それに、結局この世界でも加代の心を傷つけてしまったんだ。ホントに加代には申し訳ない。
「やっぱり美奈ちゃんは強敵だなぁ」
加代は苦笑いしてる。
え? どういうこと?
「これで三回めだよ。次回こそ、私が吉田のハートを射止めたいな」
「か、加代? なんの話?」
「だから何回もタイムリワインドしてるのに、なかなかうまくいかないねぇって話」
加代の言ってる意味がわからない。でも加代はふざけてるふうでもなく、淡々とクールないつもの調子だ。
「特に今回は、吉田が何度も私を未来人だろ、なんて言うから、ホントにバレたのかとヒヤヒヤしたよ」
「え? 未来人?」
「さあ吉田。またリワインドするからね。次は私を選んでよ。よろしく」
そう言って加代はウィンクした。
まさか、そんなことが? マジか?
「と言っても私のは、中谷の中途半端な能力とは違って、近くにいても何の記憶も残らないし、物理的なモノも残らないからねぇ。よろしくとか言っても覚えてないから、意味ないんだけどね」
「え? え? え? わけがわからない。ちょっと待ってよ加代」
「いや、待たない」
加代はにやりと笑った。
その瞬間頭の中がぐるぐると回り、地震のような大きな揺れを全身で感じる。
そして意識が薄れて──
─ 完 ─
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