第31話:タイムリワインド、また起きた?

◆◇◆

─六月上旬の水曜日─



 球技大会の翌日、放課後に部室に行くと、加代はいつもの挨拶を交わしたあと、「ねえ吉田、聞きたいことがあるんだけど」と、長机の斜め向かいから真顔で話しかけてきた。


「あのさぁ、タイムリワインドって、また起きた?」

「えっ? どういうこと? 起きてないけど」


 言葉通りの意味に受け取って返答したけど、加代はいったい何を言いたいんだろうか。


「だよね」


 加代は短く答えて、またパソコン画面に視線を戻した。

 何を言いたかったのか疑問だけど、熱心にパソコンを打つ加代の雰囲気で、話しかけることに気が引けてそのままにした。



 しばらくして加代が「よしっ」と呟いて、顔を上げた。


「あのさ、吉田。タイムリワインドの原因を探るために、改めていくつかの作品を見直してみたんだ」

「えっ? 作品って?」

「タイムリープを扱った映画やアニメ、小説。二十作品くらいかな」



 加代が協力してくれるって言ってから、たった二日でそんなにたくさん?


「でも結局、よくわからない」


 加代はパソコン画面を見ながら、残念そうに言った。


 長机の周りをまわって、加代の後ろ側からパソコン画面を覗き込んだ。

 表計算ソフトに、色んな作品のタイトルと、タイムリープの原因が書かれてる。


「加代……いつの間にこんな……」

「調べ出したら面白くなって、色々見てしまったよ」

「あ、ありがとう」


 胸がじわっと熱くなる。

 僕のために、ここまでしてくれるなんて。


「でも結局何もわからずだ。役立たずだな、私」


 加代は自嘲するように笑って、表計算ソフトを閉じた。


「いや、そんなことない。ありがとう」


 パソコン画面を見ると、以前目にした『Y君のタイムリワインド』という名のファイルが目に入った。


 加代がタイムリワインドの首謀者じゃないかと思わせるに充分な怪しいファイル名。


「これ……なに?」


 パソコン画面のファイルを指差しながら、ごくりと唾を飲み込み、思い切って聞いてみた。


「ああ、これ。前に吉田からタイムリワインドの話を聞いて、面白そうだと思って小説を書き出したんだ。まだプロットの段階なんだけど」


 加代はあははと苦笑いした。


 なんだ、そんなことか。

 全身から脱力するのを感じた。


 やっぱり加代がタイムリワインドを起こしてるなんてことは、あり得ないんだと改めて納得した。

 

「色んな作品のタイムリープが起こるパターンを見て、吉田のケースに当てはまるようなものがないか調べたけど、ピンとくるものはなかったよ」


 加代は改めてそう言った。

 そうか。残念だ。


 そこでふとさっきの加代の言葉が頭をよぎった。


「さっき加代は、『またタイムリワインドが起きたのか?』って訊いたよな。あれ、どういう意味?」

「いや、たぶん私の勘違いだから気にしないで」


 勘違い?

 タイムリワインドが起きたかもしれないって、いったいどういう勘違いだよ? そんな勘違い、普通するか?


「勘違いって何? 教えてよ」

「いや、たぶん夢を見てたんだ。最近吉田がタイムリワインドとか言うからさ」

「夢? 昨日の夜見た夢?」

「そうじゃないんだけど……」


 加代はいったい何を言おうとしてるんだろ?


「球技大会の時さ、なんか時間が巻き戻ったのかなぁって気がしたんだけど、あれはきっと夢だったんだよ。吉田もそんなの起きてないって言うし」

「ちょっと待って加代。詳しく聞かせて」


 加代がどんな夢を見たのかわからないけど、何かのヒントになるかもしれない。


 加代は自分の記憶に自信がないとか言って話すことをためらったけど、単なる勘違いでもいいから聞かせてとお願いした。


「球技大会の時にね、サッカーの決勝を見てたんだ。中谷が出てるやつね。そしたら熱中症かなんかで凄く気分が悪くなって、グランドの隣の植え込みの所で、横になって休んでたんだよ」


 加代がうとうとしてたら、男子の声が聞こえて、目が覚めたという。


 まどろむ中で薄く目を開けると、仲也が他の男子の肩を借りて、片足を引きずって、植え込みの所に腰を下ろした。


 加代は植え込みに囲まれた場所に寝転んでたから、仲也が腰を下ろした後は声しか聞こえなかったけど、仲也は何度も「痛い、痛い」と繰り返していたらしい。


「二人の話からしたら、中谷が試合中に膝をゴールポストに強打して、大怪我をしたようなことを言ってた。膝の半月板が割れたんじゃないかとか」


 仲也が大怪我を?

 そんな話は聞いてないし、仲也の活躍であいつのクラスが優勝したはずだ。


「それで中谷が、『一人にしてくれ。お前はあっちに行け』って言ったら、もう一人の男子が『もうすぐ救急車が来るから』とか言い残して立ち去ったんだ」


 一人になった仲也は声をあげて泣いて、『来月の高校最後の県大会に出られない』と嘆いてたと言う。


「中谷にはちょっと声をかけられない雰囲気だったし、私も気分が悪くて頭がぐわんぐわん回るから、黙って聞いてたんだよ」


 加代の周りには植え込みがあって、仲也は加代がそこにいることに気づいてない様子だったらしい。


「そしたら急に、さらに頭がぐるぐる回って、意識が遠くなってね……気がついたらもう誰もいなかった。それでグランドに戻ったら、中谷はちゃんと試合に出てて、優勝したんだ」


 だからきっと夢を見てたんだと加代は言う。


 僕は仲也が怪我をしたなんてことは、まったく知らない。

 いや、クラスメイト達は、仲也の活躍で二組が優勝したと言ってた。

 もしそんな大怪我をしたなら噂になってたはずだ。


 やっぱり加代の単なる夢なのか?

 そうとしか考えられないよな。


「そっか、わかったよ。話してくれてありがとう加代」


 加代は眠ってる合間の話だと言うし、やっぱり夢を見たということか。この話題は、もう終わりにしよう。



 ──そう思ったけど、何かが引っかかる。



 そうだ。仲也が泣いて、その後頭がぐるぐる回って意識がなくなる。

 僕がタイムリワインドを経験した時と、そっくりなシチュエーションじゃないか。



「あのさ、加代。頭がぐるぐる回った時に、地震が起こらなかった?」

「えっ? ああ、そう言えば、頭が朦朧としたからって思ってたけど……全身が揺れるように感じた」


 やっぱりそうか。

 今まで自分自身にタイムリワインドが起きたと思って調べてたけど、僕じゃなくて仲也がそれを引き起こしてたとすると……


 そして仲也のすぐ近くにいた者だけが、リワインド前の記憶を保持してると考えれば辻褄が合う。



 もしその仮定通りだとすれば、僕はこれからどうすればいいんだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る