1-8. 魔法実技授業

 無事簡易試験を終え、ユウリたちのクラスは順調に実技の授業へと進む事になった。


 座学とは異なり、魔法実技の授業は基本、クラス毎に分けられてはいない。

 初級、中級、上級すべて合同で行われる数ある種類の講義から、自分で学びたいものを選んで受講するシステムで、必須単位だけを取得してもいいし、それ以外に興味のある分野を追加受講してもいい。


 実際には、その中で示される課題はクラス分け同様細かくレベル分けされていて、例えば、基本の火炎魔法の講義の場合、初級はロウソクに火をつける、中級は手の中に火球を作る、上級はその手のひらサイズの火球を量産し操る、といった具合である。


 こうすることによって、レベルの低い生徒は、教科書を読むだけでは分かりづらい高度な魔法の魔力の流れ方を実際目にして学べるし、レベルの高い生徒は、下のものに教えることによって魔法理論の深いところまで理解出来るようになる、というわけだ。

 また、全級合同ということもあって、一回の授業を結構な人数で行うことが多く、初級から上級まで全体を見渡し指導する役目として、熟練クラスの生徒が必ず一名以上補佐としてつくことになっている。


 そういったことから、実技授業三日目にして、ユウリの知る人物が補佐として現れたことは、大して驚くほどのことではない。

 それなのに、彼女は教壇横の椅子に座るロッシを見付けて、慌てて態々隠れるように一番後ろの席へと移動した。


 今日の授業は、魔法薬学を用いた治癒薬の生成である。

 ある特定の種類の薬草に、簡単な呪文をかけることによってその精度と効能を高め、ポーションとして保存、携帯可能な状態するというもので、使う材料と呪文は同じだが、生徒たちの実力によってポーションの等級が変わってくるという基本中の基本だと説明される。

 各級毎に最低ラインが設けられ、ユウリは一番等級の低い基本のポーションを生成し、提出しなければならない。

 しかしながら、周りの生徒たちが続々と終了の手を挙げるのに、彼女は薬草と瓶を目の前にして固まったままだ。


「どうした、やってみないことには始まらないぞ」


 背後から突然声を掛けられて、ユウリは飛び上がる。

 腕組みをしたロッシがいつの間にか側に立っており、何の変化も示していない材料を、やれ、という風に顎で示す。


(いるの、バレてる……)


 泣きそうになりながら、ユウリは意を決して薬草を手に取り、瓶の上に翳しながら詠唱した。


「わ!」「きゃあ!」


 軽い破裂音と、周囲に飛び散る液体に、周りの生徒達が悲鳴を上げる。

 慌てて振り返って、頭からぐっしょりと濡れたロッシを目にし、ユウリは血の気が引いた。


「またアイツかよ〜」「あれで《奨学生》って、学園のレベル落ちたよな」


 教室のそこかしこから聞こえる揶揄の声に、ロッシの眉がピクリと動く。


「また、だって?」

「ご、ごめんなさい、緊張して」


 蛇に睨まられたカエルのごとく縮こまったユウリを見下ろして、ロッシは腑に落ちない。


 あれ程の魔力を見せつけられて、彼はある意味、期待していた。

 研究熱心な彼が、今日の補佐役に自ら名乗りを上げたのも、あの魔力を持ってして学園長の実技試験をパスした実力の程を、この目で確かめておきたかったからだ。


 だがしかし、彼女が今放った魔法は、基本すら出来ていなかったのではないか。いや、その魔力すら、まったく見当違いな方向に放出されていた。

 そして、他の生徒たちの反応を見るに、こういった失敗ははじめてではないらしい。


「おまえは居残りだ。——それ以外の生徒は、速やかに生成物を提出し判定印をもらうように」


 ロッシの指示に、生徒たちはそれぞれの瓶を持ち、教壇に向かっていく。

 判定印をもらった生徒たちが次々と退室していく中、じっと無言で佇むロッシに、ユウリは最後の審判を待つ罪人のような気持ちになる。

 最後の生徒が退室し、ロッシは教師に居残り指導の許可を得て、ユウリの元へ戻ってきた。


「さて」


 濃緑の瞳が、眼鏡の奥で細められる。


「わかっているな」


 言外に説明しろと言われて、ユウリは観念した。真実を話すまで、この男は彼女を解放する気はなさそうだ。


「私が実際に使える呪文は、多分両手で足ります」

「は?」

「その呪文ですら、ものすごーく練習したんです」


 ユウリから、使、と告白されていると理解するのに、ロッシは数秒を要した。


「《魔女》なのでは、なかったか……?」


 我ながら的外れな質問だと思う。

 この少女が自分がである、ということを知ったのは、ほんの数週間前なのだ。

 複雑な顔をして、ユウリは自分の胸元に手をやり、ブラウスの下にある金属を確かめるように指を添えた。


「この時計のせいなのか、上手く呪文に魔力が乗らないんです。今日の呪文も一応何度も予習したんだけど、この有様で」

「入試の時はどうした」


 ロッシの疑問に、ユウリの表情がパッと明るくなる。


「あの時は、本当に運よく私の使える魔法が出題されたんです! お陰でこうして入学させてもらえました」


(——運よく?)


 そんなわけがない、とロッシは断定する。

 普通生以上の技量が求められる《奨学生》の実技入試は、中級以上に値するレベルが常だ。

 例えあの際限無い魔力を使ったとしても、ポーション生成程度の魔法すら使えないユウリの、限られた使用可能魔法で突破できるとは思えない。

 あの学園長が、こんな基本的なことに気付かない筈がない。

 ということは、彼女の入学に何か作為的な要因があったと考えた方が自然だ。


(学園長は、何を考えておられるんだ)


 ロッシは大きく嘆息する。


「とにかく、来てもらおうか」

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