第96話 アクシアの地雷


「まあ、レジィの性格の話はそのくらいにして。結局、その五つのグループを始末すれば当面の問題は解決するって言ってるんだよな?」


 カルマが話を纏めようとレジィを促した。


「魔王様、そういうことだぜ! 俺の情報とあんたの転移魔法があれば、奴らを奇襲して皆殺しにするのだって難しくないだろう?」


「始末すること自体は簡単だけどな――本当にそれだけで解決するのか?」


 したり顔で言うカルマを、レジィは訝しそうに見る。


「魔王様……何が言いたいんだよ?」


「正教会にも同じことが言えるんだけどさ――結局のところ『猛き者の教会』という宗教組織が、神の力を借りて霊獣を憑依させているんだろう?

 だったら、過激な連中を始末すれば短期的には動きを止められるだろうけど。組織自体をどうにかしない限りは、また同じことやる連中が現れるだけなんじゃないか?」


 正教会にはグランチェスタという楔を打つことで、急進派の動きそのものを変えるつもりだった。

 『猛き者の教会』にも組織を操る手段を用意するか――そうでなけれぱ組織そのものを完膚なきまでに叩き潰す必要があるだろう。


「なあ、レジィ? 『猛き者の教会』の総本山というか、トップがいる場所を知っているか?」


「勿論だぜ。だけど……トップって言ってもよ、暴走してる連中を止められない弱腰な連中だけどな?」


 レジィは相手を思い浮かべてか、馬鹿にしきったような顔をする。


「まあ、その辺は実際に見てから判断するさ。それで駄目だったら、別の方法を考えれば良いだろう?」


 カルマはそう言うと、ずっと黙っているオスカーの方を見る。


「オスカー、おまえはどうするんだよ? また一緒に来るか?」


「いや、そのことだがな……俺は止めておくよ。今の俺が付いていっても、全く役に立たないからな」


 オスカーは諦めたというよりも、覚悟を決めたという感じでそう言った。


「ダグラスの旦那との契約も残っているから、そろそろ時間的にも厳しいんだ。俺は隊商の護衛として、一足先にラグナバルから離れることにするよ」


「そうか。だったら、ダグラスにもよろしく伝えてくれよ。ところで、次の目的地は何処なんだ?」


「自由都市イスタバル……ここから北西にある都市国家だ。その後、隊商はラグナバルに戻って来る予定だが、俺はそのまま各地を遠征するつもりなんだ。だからカルマ、おまえとも暫くはお別れだな?」


「いや、案外すぐに会うことになるかも知れないけどな?」


 カルマは適当な感じで茶化すように笑うが、散々転移魔法を見せられたオスカーは否定する気にならなかった。


「だったら、近くに来たら声を掛けてくれよ。おまえなら俺の居場所くらい、すぐに見つけられるだろう? それとな……レジィ?」


 オスカーはレジィに向き直ると、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「俺は諦めた訳じゃないからな? 絶対に強くなって、またおまえに会いに行く!」


「ああ、良いぜ。アクロバットマン、てめえも精々頑張りな! だが、俺の方が先にもっと強くなるけどな!」


 励ましているのか貶しているのか解らないような台詞を吐いて、レジィは犬歯を見せて笑った。


「……うむ。そういうことか? オスカー、おまえも面倒な奴を……」


 その手の話題に敏感になってきたアクシアは、二人を眺めて苦笑する。


「まあ、そう言うなよ。オスカーが可哀そうだろう?」


 しれっと止めトドメを刺したカルマを、オスカーが睨みつける。


「カルマ……ここはおまえの奢りだからな?」


「何だよ、それだけで良いのか? 今日くらい、酒を浴びるほど飲ませてやるよ」


 カルマは片肘をついて、揶揄うように笑った。


※ ※ ※ ※


 今夜酒場でオスカーと会うことを約束して食堂を後にすると、カルマはアクシアとレジィのために宿の部屋をキープした。


 別々の部屋にした方が面倒なことを回避できる気もしたが、これから暫くは同行するのだから慣れた方が良いと思い、二人きりで放置することにする。


「夕飯は二人で適当に済ませてくれ。レジィ、今度はアクシアに張り合うなよ?」


 カルマはそれだけ言うと、すぐにまた出掛けようとする。


「魔王様はアクロバットマンと飲みに行くんだろう? それにしちゃあ、時間が早過ぎねえか?」


 レジィは色々と詮索しているらしく、品のない笑い方をする。


「俺は明日の準備をするって言っただろう?」


 何を想像をしているんだよとカルマは鼻を鳴らすと――服を変形させた。襟付きのシャツが消失して、ブーツが踵のない平べったい靴になる。

 素肌の上にジャケットを羽織るスタイルは、この世界に転移してきたときと同じものだった。


「その格好は、久しぶりに見るな? カルマ……やはり露出狂と呼ばれたいのか?」


 アクシアは惚けた調子で訊く。


「あのなあ……俺はこっちの格好の方が好きなんだよ? 目立つとかそういうは、もう今さらな感じだし。格好を気にするような相手もいないんだから、別に良いだろう?」


「その恰好を気にする相手と言うのは――クリスタのことか?」


 声のトーンが変わったことに気づいて、アクシアを見る。

 金色の瞳は真っ直ぐにカルマを見ていた。


「明日は――クリスタを誘わぬのか?」


「いや、クリスタさんも今は忙しいだろう? それに獣人の件は、直接関係ある訳でもないしさ」


「……カルマが呼べば、来るのではないか?」


 ちょっと嫌な感じがする――やっぱり。アクシアは完全にカルマを睨んでいた。


「へえ……なんか面白いことになってるじゃねえか?」


 レジィはニヤニヤ笑いながら愚かにも地雷を踏み――直後に後悔する。

 神速の右手がレジィの頬を掠めて、物凄い音を立てて壁にめり込んだのだ。


「おい、小娘……やはり貴様は死にたいらしいな?」


「ま、待ってくれ、姐さん……お、俺が悪かったよ……」


 オスカーの部屋での出来事が温く感じられるほどの凄まじい殺気に、レジィは正直に言えば完全にビビっていた。


「アクシア、おまえなあ……」


 咄嗟に音と振動を遮断したから、他の客や宿屋の人間に気づかれていなかったが――そうしなければ、壁は完全に粉砕されていただろう。


(まあ、迂闊に地雷を踏んだレジィのことはどうでも良いんだけどさ?)


 結局面倒なことになったなと、カルマは呆れた顔をする。


「いい加減にしないと、俺も怒るぞ? クリスタさんのことは別に嫌いじゃないけどさ。だからって私情を挟んでどうこうするとか、そういうつもりは無いんだけど?」


 カルマは溜息をつきながら、壁に魔力を通して修復する。


「おまえは俺の共犯者だけどさ、クリスタさんは違うだろう? だから、そんなに気にするようなことは――」


「いや、そうではないのだ!!!」


 アクシアの咆哮に、カルマは言葉を止める。


「我が言いたいのは……そう言うことではない。クリスタが望むのなら……彼奴(あやつ)ならば、一緒に連れてってやりたいと思っただけだ」


 複雑な感情が入り混じって、それでいて、ちょっと恥ずかしそうにアクシアは告白した。

 ああ、そういうことかと、カルマは苦笑する。


「なるほどね……解ったよ。だったらアクシア、おまえが誘って来いよ? でも、強引に引っ張って来るのは無しだからな?」


「そ、そのくらい解っておるわ!!!」


 アクシアは何故か恥ずかしそうに、微かに頬を染める。


 このときレジィは――どういう反応をして良いか解らずに、アクシアとカルマの間で視線を彷徨わせていた。

 だが、それに気づいたアクシアに再び睨まれて――引きつった笑いを浮かべる。


(おい、いったい何なんだよ……もう絶対に、この手の話には突っ込まねえぞ!)


 レジィは固く心に決めるのだった。


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