第93話 カルマの提案


 アクシアとクリスタの視線がバチバチと音を立てて交差する傍らで――カルマは何食わぬ顔で煙草を吸っていた。


「そう言えばさ……アクシア? おまえに会わせたい奴がいるんだよ」


「……カルマ、どういうことだ?」


 突然話を振られて、アクシアは首をかしげる。


「いや、ちょっと面白いというか……正直言うと微妙なんだけど? 一緒に連れて行けって執拗しつこい奴が居たから、とりあえず三日だけ同行させることにしたんだよ」


「……同行させるだと?」


 アクシアはあからさまに嫌そうな顔をした。


「いや、そんな顔をするなって? そいつをどうするか――俺はアクシアの考えを訊きたいんだよ。おまえが駄目だって言うなら、一緒に連れて行くつもりはないからさ?」


 そう言われると、アクシアも悪い気はしなかった。


「うむ、我の考えか……解った。其奴そやつを見極めれば良いのだな?」


「私は――止めた方が良いって思っているわよ?」


 クリスタは呆れた顔でカルマを見る。


「レジィのことに関しては……正直、カミナギの考えが良く解らないわ」


「クリスタさんは、そう言うと思ったよ」


 カルマはしたり顔で応じた。


「まあ、俺にしても。鹿何となく放って置けないってだけなんだけど。だから、本当に唯の馬鹿だったら――容赦せずに放り出すよ」


 救いようのない馬鹿の相手をする気はないが――面白い馬鹿(やつ)なら、少しは面倒を見てやりたいと思ってしまう。


「ああ、そう言うことね……全く、カミナギらしいと言うか……」


 クリスタはクスクスと笑った。


「アクシア、そう言うことだから……私からもお願いするわね?」


「うむ。今一つ納得できぬが……まあ、良かろう!!!」


 アクシアは豪快な笑みで応じた。


※ ※ ※ ※


 それからカルマはアクシアを連れて、オスカーたちが待っている宿屋の部屋に戻った。


「オスカー、待たせたな? ほら、アクシアを連れて来たから」


 アクシアの姿を見るなり、オスカーは開口一番――


「……アクシア! 本当に良かった……無事に解放されたんだな」


 アクシアが捕まったことに責任を感じていたオスカーは心底喜んでいたが……アクシアの方はいまいちな反応だった。


「うむ……オスカー、おまえには心配を掛けたようだな?」


 口ではそう応えたが、本人は囚われていたという意識すらなかったし、正直に言えば、おまえ風情に心配されるほど柔ではないと思っていた。


 それでも一応オスカーのことは、なかなか気が利く下僕程度には思っていたから――さすがに無下にはしなかった。

 それで、先ほどの微妙なリアクションになった訳だ。


「へえ……魔王様には俺以外にも、獣人の連れがいるんだな?」


 レジィはオスカーを押し退けて前に出て来ると、嘲るような笑みを浮かべる。


「俺はレジィ・ガロウナだ……てめえも獣人なら『同族殺し』って名前くらい聞いたことがあるだろう?」


 最初に一発かましてやろうレジィが挑発するが――アクシアは完全に無視した。


「カルマよ……先ほど言っていたのは此奴こやつのことだな? なるほどな……確かに馬鹿面をしておる」


「……何だと、てめえ! 随分と舐めた口を利くじゃねえか!」


 レジィは胸ぐらを掴もうとするが――その手をアクシアは撥ね除ける。


「な……」


 動きが速すぎて全く反応できなかったことにレジィは驚愕しながら――あり得ない角度に捻じ曲がった自分の手首を凝視する。


「随分と勘違いしておるようだが……舐めておるのは貴様の方だ。我はカルマのように甘くはないからな――馬鹿に容赦などせぬぞ?」


 アクシアは冷ややかな目でレジィを見た。


「おい、アクシア! そのくらいで……」


 オスカーは間に入って止めようとするが――二人に同時に睨まれて動きを止めた。


「……口出しするなら、おまえも容赦はせぬぞ?」


「おい、アクロバットマン……てめえは、すっこんでろ!」


 レジィは激痛に脂汗を滴らせながら――凶悪な顔でアクシアを睨みつける。


「てめえのことは……絶対に許さねえ!」


 そんなレジィに――アクシアは冷徹な視線を向ける。


「元気が良いのは結構だか……相手を見てモノを言うべきだな?」


 瞳孔が縦に入った金色の双眼に見据えられて――放たれる巨大な威圧感に、レジィの本能が警鐘を鳴らす。


「てめえは一体――」


 言い終える前に鳩尾に拳が叩き込まれる――

 血反吐を吐きながら踞るレジィを、アクシアはゴミを見るような目で見た。


「口の利き方を知らぬなら、無暗に喋らぬことだ……次は無いぞ? これ以上舐めた口を叩くなら――警告無しで貴様の息の根を止めてやる」


 これは最早喧嘩ですらなく――強者による一方的な蹂躙だった。


 レジィは口の中の血を吐き捨てると――痛みを堪えて何とか立ち上がる。


「……オッケー、解ったぜ。姐さん……俺が間違っていたよ」


 しかし――言葉とは裏腹に、褐色の瞳は激しい怒りを迸らせてアクシアを見ていた。


「……てめえみたいな化物と、まともにやり合うのは馬鹿なんだろうが……絶対に許さねえ! てめえだけは殺してやる!」


 怒りのままに飛び込んむレジィに――アクシアは容赦なく、その顎に拳を叩きこんだ。


「……レジィ!」


 意識を失って後頭部から床に叩きつけられそうなレジィを、オスカーは必死に抱き止める。


「……安心しろ。殺してはおらぬ」


 アクシアは吐き捨てるように言うと、カルマの方を見た。


「カルマよ……確かに此奴は救いようのない馬鹿だな? しかし――馬鹿過ぎて殺す気が失せるのも事実だ」


「……そうだろう? アクシアなら俺と同じように考えると思っていたよ」


 カルマは苦笑する。


「俺は――こいつに一度だけ機会チャンスをやろうって思ってるんだよ? 俺たちと同行する間に、唯の馬鹿じゃないって証明することが出来たら……まあ、暫く付いて来るくらいは許してやろうかと思うんだ」


「ああ、解った……その条件であれば、我も反対するつもりはない」


 重傷を負って気を失っているレジィの横で平然とこんな会話をする二人を眺めながら――自分は決して付いけないとオスカーは思っていた。


「それはそれとしてさ――アクシアが戻って来たことだし。なあ、オスカー? 四人でメシでも食いに行かないか?」


 そんなオスカーの心情を知ってか知らずか、カルマは実に気楽な感じで言った。


「おまえなあ……いや、良いんだ。そうだな……メシでも食うか?」


 オスカーは乾いた笑みを浮かべるが――


 メシ屋で料理の匂いを嗅いだ瞬間にレジィが目を覚ますと――さらに呆然として言葉を失った。


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