第94話 レジィとアクシアの答え
今回四人が食事をするために向かった食堂は――前回とは違って、本当にオスカーのお薦めの店だった。
如何にも大衆食堂という感じの店は、とうに昼時を過ぎているというのに、結構な数の客で賑わっていた。
店の外まではみ出したテーブルは八割方が埋まっており、食欲を刺激する肉の焼ける良い匂いが、これでもかというくらい漂っている。
「……う、うぅぅ……食いもんの匂いだ!」
完全に意識を失ってカルマの肩に担がれていたレジィが目を覚ましたのは正にこのタイミングであり――
「……
オスカーは一瞬呆然するが、すぐに気を取り直して『ちょっと待っていてくれ』と告げて店の中に入って行った。
店の厨房の前で、オスカーは中にいる男と親しそうに一言二言言葉を交わすと、すぐに戻って来た。
「奥の個室を借りたから、俺の後について来てくれ」
オスカーの案内で裏口の方に回ると――十二、三歳の少年が中から手招きしていた。
「オスカーさん、いらっしゃい! 今日は友達も連れて来たみたいだけど……みんな冒険者なの?」
「まあ……そんなとこだ。アル、いつもの部屋を使わせて貰うぞ?」
「うん、もちろん構わないよ……さあ、入って!」
階段を上って少年が案内した部屋は――接客用というよりも、店の人間の住居という感じだった。
椅子の背もたれに掛けられた服や雑多に置かれた小物が、生活感を感じさせる。
「アル、テーブルと椅子は俺がやっておくから。注文はお任せで、とにかくジャンジャン持って来るように伝えてくれ」
少年にそう言うと、オスカーは隅に寄せてあったテーブルを部屋の中央に動かして、勝手に別の部屋から足りない分の椅子運んできた。
「オスカー……何かおまえの家に来たみたいだな?」
揶揄い混じりに言うカルマに、オスカーは苦笑する。
「ああ、この店のオヤジさんには、俺が駆け出しのころから世話になってるからな。ほとんど親戚の家みたいな感覚なんだよ」
それから程なくして、大皿に載った料理が幾つも運ばれてくる。
空腹を刺激する良い匂いに――レジィが激しく反応した。
「メ、メシだ……」
「まあ、とにかく食おうか?」
カルマの一言を合図に、レジィは料理に飛び付いた。
アクシアは落ち着いた感じでカルマの隣に座っていたが――彼女が手を動かす度に、大量の肉片が消失する。
「どんどん追加を持ってきてくれよ。こいつらが幾らでも平らげるからさ?」
カルマが冗談めかして言う傍らで――レジィはアクシアと競うようにガツガツと食べ続けている。
レジィが気を失っている間に、オスカーが添え木と包帯で折れた手首を固定していた。
しかし、そんなものは所詮は応急処置に過ぎず、まだ相当痛む筈だったが――レジィは包帯の巻かれた右手も構わずに使って、料理を口に詰め込んでいる。
この程度の怪我など、カルマなら一瞬で治すことができたが――
(自分が売った喧嘩の代償は、きちんと払わせないとな……)
オスカーはカルマに治癒能力があることを知らないからか、何も言ってこなかった。
もし『おまえなら、どうにかできないのか?』などと言われたら――治療しない理由を説明するのも面倒だから、適当なことを言って受け流すつもりだったが。
アクシアに一方的にボコボコにされてバツが悪いのか――レジィは食事の間、不機嫌な顔で一言も喋らなかった。
アクシアもそれを黙認しているようで、自分も黙って食事を続けている。
「オスカー、なかなか良い店だな? 味も悪くないが、それ以上に気が利いているよ」
まだ下にも結構な数の客がいるだろうに、店員の手際が余程良いのか、料理が次々と運ばれてくる。
しかし――どれ程運んでも皿の上の料理が一瞬で消える様に、店員たちは呆然としていた。
「……駄目だ、もう食えねえ……」
三十分と経たないうちに、愚かにもアクシアに挑んだレジィが早々に脱落したが――そこからが本番だった。
さらに一時間以上、アクシアは運ばれてくる料理を一人で黙々と平らげ続けた。
「まあ、腹八分目が良いと言うからな……今日はこのくらいで止めておくか?」
アクシアがそう言ったときには、店員たちのほとんどが力尽きていた。
「まあ――腹も落ち着いたようだし。そろそろ、これからのことについて話でもしようか?」
カルマは煙草を咥えながら、したり顔で言った。
「でも、その前に――レジィが言いたいことがあるみたいだから、聞いてやってくれよ?」
見透かすようなカルマの視線に――レジィはガリガリと頭を掻いて、恨みがましそうな顔をする。
「まあ、その……何だ? ……アクシア姐さん、俺が悪かったよ」
意外なほど素直な言葉に、三人は異なる反応をする。
カルマは予想通りの反応だと笑うだけだったが、アクシアは正面からレジィを見据えた。
そしてオスカーは――事の成り行きをじっと見守っていた。
「メシのこともそうだけど……正直、馬鹿らしくなったんだ。俺が万が一でも勝てるとか、そういう次元の話じゃないだろう?」
一度意識を失って勢いを削がれたこともあって、レジィは冷静にアクシアという存在について考えていた。
(同じ獣人? そんな筈はねえな……完全に別の生き物ってレベルだろう?)
「ほう……馬鹿は馬鹿なりに考えたということか?」
アクシアは鼻を鳴らして、面白がるようにレジィを見る。
こんなことを言われたら、いつものレジィなら頭に血が上るところだが――今は何故か、そんな気分にはならなかった。
「……ああ、そうだよ。あんたに喧嘩を売った自分の馬鹿さ加減くらい解っているぜ。魔王様といい、姐さんといい……何の冗談だよって笑うしかない化け物だよな?」
最早、実力が違い過ぎて敗けを認める他はないのだが――だったら、頭を下げてでも相手の強さの理由を知ろうとする。
そういうところが、レジィの強かさだった。
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