第57話 それぞれの思惑
正教会の実行部隊を追跡する百五十人近い獣人の集団。その中には司祭らしき者と、もう一人、天使並みの魔力を持つ存在が含まれる。
そして、正教会の実行部隊が目的地である村に到着してから間もないタイミングで、彼ら獣人たちが追いつくことが予測されているのだ。
「……そういう訳でキースお爺様。状況はかなり複雑で、悪い方向に進んでいるわ」
クリスタはカルマから聞いた話を、一通りキースに説明した。『同族殺し』についても無視できる問題ではなかったから、オスカーとの関係を含めて簡潔にだが全て伝えた。
「……確かに、獣人の方を先に対処する他はないようだ。しかし、そう簡単に解決できる状況ではないな」
想定していなかった脅威の出現に、キースは表情を厳しくする。
百五十近い数だけでも脅威には違いないが――『猛き者の教会』が率いている点と、天使に匹敵する二人の存在が、状況をさらに悪化させているのだ。
「君たちも知っているだろうが、『猛き者の教会』は獣人たちを人間へ復讐するように仕向けているカルト的な宗教団体だ。そして、天使に匹敵する魔力の持ち主とは、おそらく――俗にいう『霊獣憑き』だろうね」
獣人の神ガルーディアを崇める『猛き者の教会』は、正教会が神の使徒である天使を召喚すのと同様に、ガルーディアの眷属である霊獣を召喚することができる。つまり『霊獣憑き』とは、天使を憑依させた人間に等しい存在だった。
「それに、もう一つ気になる点がある。『猛き者の教会』は正教会の動きを掴んでいるように思えるが……種族が違う両者の間に内通者がいるとは考え難い。つまり第三者の関与が疑われる訳だが――カルマ君は『幸運の教会』のことも知っているのかね?」
へえ。キースも同じ考えに至っているんだなと、カルマはほくそ笑んだ。
「ああ、知っているけど。でも、今回の件に関与している証拠までは掴んでいないよ。『猛き者の教会』の奴を捕まえて吐かせるのは簡単だけどさ、だからって裏付けを取っても大した意味はないだろう? 神出鬼没な愉快犯を気取っている連中は、とうに姿をくらましているんだからさ」
道化(トリックスター)の神ベルベットもカルマの標的の一つであり、いつかは居場所を突き詰めるつもりだ。しかし、現時点では情報が少な過ぎて、優先的に追うには無駄が多い。それに現実的な問題として他に対処すべき相手がいるのだから、しばらくは放置する方向で考えていた。
「なるほど。『幸運の教会』の件はカルマ君の言う通りだ。しかし……『猛き者の教会』の者を捕らえるのも簡単だと言ったが、君は獣人たちを退けることも容易いと考えているのかね?」
カルマの真意を見定めようと、キースは目を細める。
「クリスタの実力は私も把握しているつもりだし、カルマ君の力も――こうして実際に会ってみれば、聞いていた以上の実力者であることが感じ取れる。しかし……それでも多勢に無勢であることは否定できまい? 力では劣っていないとしても、相手は百五十人近い数で、しかも森の中で対峙するんだ。足止めすることも難しいだろう?」
至極当然の疑問だったが、カルマは事も無げに応じた。
「クリスタさんにも言ったけどさ。俺の好きにして構わないなら、どうとでもするよ」
「君は随分と簡単に言うんだね……」
穏やかな表情とは裏腹にキースの双眼が鋭くなる。自分自身の、いや、クリスタの安否に関わる問題なのだから、当然の反応だろう。
だからカルマも、軽口では躱さなかった。
「クリスタさんに天使を召喚する現場を押さえさせるって約束したからね――その前に立ち塞がる障害は、全部俺が責任を以て排除してみせるよ」
カルマらしくない強い口調に、クリスタは少しだけ驚いたような顔をする。
しかし、すぐに納得したように、口元に笑みを浮かべた。
そんな孫娘の反応に気づいて、キースは視線を緩める。
「カルマ君、承知したよ。獣人たちについて、君の力に頼ることにしよう……しかし、一つだけお願いがある。もし可能であれば、できるだけ彼らを殺さないで欲しい」
何を言い出すのかと、カルマは興味深そうな顔をした。
「彼ら獣人と人間との確執は、クロムウェル王国が引き起こした問題だからね。理想論かも知れないが、王国正教会を代表する者としては、彼らとの対話の道を探りたいんだ」
獣人たちが人間と敵対する理由は、クロムウェル王国が彼らの土地を奪ったからだ。
クリスタの白鷲騎士団が守護する都市ラグナバルも、元々は獣人たちの生息であった場所に築かれている。
「キースお爺様……私だって同じ気持ちだけど、今は……」
「ああ、解っているとも。優先事項を履き違えるつもりはない。しかし、争いを火種を作ったのは我々なんだ。奪わないで済む命であれば、救いたいと思う」
「何か、随分と都合の良い台詞が聞こえたけど……やるのは俺だよね?」
カルマは呆れた顔でキースを見る。
「勿論、只でさえ困難なことをお願いするんだ。さらに無理難題を押し付けるつもりではなく、可能な範囲で殺さないで欲しいと――」
「ああ、解ったよ。そっちも、どうにかするからさ」
どこまでも気楽な感じで、カルマは応えた。
「……自分で言っておいて何だが。カルマ君、本当に良いのかね?」
キースは唖然とした顔で、まじまじとカルマを見る。
「あのさあ……俺はやるって言ったよね?」
カルマはやる気のない感じで顔をしかめた――
やること自体は構わないが、いちいち説明を求められるのは本当に面倒臭い。適当に相手を納得させる理由を考える方が難しいのだ。自分で驚くくらいなら、初めから頼むなよと少しだけ本気で思う。
「話は以上――てことで良いよな? 時間も無くなって来たことだし、さっさと準備して出発しよう」
「……そうするとしようか。私の準備は済んでいるから、すぐにでも出発できる」
キースは本棚に立て掛けておいた古い樫の杖を手に取った。
他には荷物らしいものは持っておらず、服装も普段と変わらなかったが、足元だけは頑丈なブーツに履き替えている。
キースは自分の経験に照らし合わせてカルマの内心を想像して――少なくとも適当なことを言って誤魔化したのではなく、本気でどうにかしようとしていると結論づけた。
だから、カルマに任せると覚悟を決めて、もう迷いはなかった。
「カミナギ。貴方には色々と言いたいことがあるけど――全部終わってからにするわ」
クリスタは挑み掛かるような目でカルマを正面から見据える。
「まずは自分の言ったことの責任を、きちんと果たしなさいよ!」
「それは当然やるけどさ……そろそろ、もう一人放置していた奴を回収しないとな?」
カルマに視線で促された先には――オスカーが空気になって立っていた。
覚悟が足りないとか、そういう話ではない。単純に話が大きくなり過ぎてついて行けなかったのだ。
「いや、気にしないでくれ……俺は自分にできることをやるだけだ」
変に気負う訳でもなく、オスカーは淡々とした調子で応える。
その灰色の隻眼は、記憶の中にある標的を静かに見据えていた。
「なら、良いんだ。オスカーも、準備は出来ているだろう?」
「ああ。ハイベルト殿も、エリオネスティ殿も、よろしく頼む――ハイベルト殿には悪いが、俺には馴れ馴れしい呼び方は無理だから勘弁して貰いたい」
真面目なオスカーらしい台詞に、カルマはニヤリと笑ってしまう。
「ああ、勿論だとも。親しさを強制するほど、私も
悪戯っぽく笑うキースに、オスカーは黙って頭を下げる。
「それじゃあ、出発しようか」
カルマがいつもの気楽な調子で言った瞬間――
四人の姿が書斎から掻き消えた。
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