第58話 牢獄の中の竜の女王(番外編1)
「……うーむ。昨夜もよく寝たな!!! ここも慣れてしまえば、存外に快適な塒ではないか!!!」
グリミア聖堂の地下三階の『懺悔の独房』での生活も早五日目となり、赤竜王アクシア・グランフォルンはすっかり部屋の主と化していた。
ここは鉄格子に囲まれた牢獄であり、両腕は今も刻印が刻まれた鎖で繋がれていたが――それだけがアクシアが囚人であることを示す証だとも言える。
鉄格子も鎖もアクシアがその気になれば容易く破壊できる。要するにアクシアはいつでも牢獄から出ることができるから、本人は囚われているという意識はない。むしろアクシアは大切な約束を守るために、囚われてやっているのだ。
「……それにしても腹が減ったな。朝飯はまだか――確か、我の世話役はリーザという名だったな? よし、呼んでやるとするか!!! おい、リーザ!!! リーザよ!!!」
地下室に凛とした声が響き渡たった直後。彼方からコツコツという複数の足音が聞こえてくる。それを耳にして、アクシアは満足げな笑みを浮かべた。
「「「……アクシア様! お呼びでしょうか!」」」
ここ数日でウエストラインがすっかり引き締まったリーザを中心に、五人の修道女が恭しく首を垂れる。彼女たちにとってはアクシアの命に従うことこそ最優先事項だった。
「うむ。そうだな……我は腹が減った!!! 早々に朝飯を用意してくれぬか!!!」
「「「畏まりました!」」」
修道女たちは深々と頭を垂れると、一斉に行動を開始した。
五人が規律的に機能的に動くことで、一瞬のうちに、アクシアの前に料理の山が積み上げられる――献立は湯気を立てる卵料理とポタージュスープに焼きたてのパンだった。
「うむ……それでは頂くとしよう!!!」
アクシアは満足げに頷くと食事を始めた――そこからが五人の修道女にとって戦場だった。
運んできた料理が、瞬く間にアクシアの口の中へと消えていく。
間髪入れずに、別の修道女が料理を運び込むが、追加の料理が消滅するまで僅かな刻(とき)しか稼げなかった。
「み、みんな! アクシア様のためよ! 命を懸けて頑張りなさい!」
「「「はい!!!」」」
リーザの掛け声に応えて、次の修道女が駆け込んでくる。タッチダウンするように料理を差し出すのと同時に、リーザは厨房へと走り出した。
「私は一級修道女リーザ・レベルナ! 我らはアクシア様の御命に全てを賭ける!」
こうして――アクシアが朝食を終えるまでの一時間で、リーザのウエストはさらに一センチ以上細くなることになった。
食事を終えるとアクシアは、独房の中でトレーニングを始めた。
正確にはトレーニングではなく、思考を促すために身体を動かしているのだが――元来考えることが苦手なアクシアは、じっと座って思考に耽ることができなかった。
座っているとすぐに意識が散漫となるのだ。そこで集中しようと自分の頬を叩いたり、独房の壁を殴っているうちに、身体を動かした方が意識が集中できることに気づいた。
アクシアはキレキレの動きで、格闘技の型をキメるように素早く手足を伸ばす――やはり両腕は縛られたままだったが、両手の位置を調節することで鎖を切らないようにしていた。
その動きは力強さと同時に、舞うような軽やかさを感じさせる。
(今回の件で……我はカルマに多大な迷惑を掛けた!!! しかもカルマは我のためにクリスタと交渉して、今も我のために動いてくれておる……カルマの思いに応えるためにも、我は己の答えを見出す必要がある!!!)
独房の中で素早く動き回るアクシアを、五人の修道女がうっとりと眺める――人類では決してありえない豊かな胸と、均整の極みとも言えるボディラインが動的に動く様に、同性である彼女たちまでが魅入られてしまったのだ。
「「「アクシア様!」」」
修道女たちが歓声を上げる。しかし――アクシアの耳には彼女たちの声は一切聞こえていなかった。
それほどまでにアクシアは思考に集中していたのだ。
(カルマの期待に応えるために……我には成せねばならぬことがある!!!)
クリスタに捕縛される原因となった垂れ流しの魔力の件は一瞬で解決した。
アクシアは魔力を隠せないのではなく、隠す気がなかったのだ。彼女がその気になれば、魔力を隠すことなど造作もないことだ。
カルマのように魔力の性質を変えて他者に偽装できるようになるまでも、それほど時間は掛からなかった。竜族の王である彼女の特筆した魔法の才能が、大抵のことを可能にするのだ。
しかし――アクシア・グランフォルンは、その程度のことでは満足しなかった。
(我は……カルマのために何をすべきであろうか!!!)
牢獄に囚われている間は、カルマのためにできることは何もなかった。
それどころか、カルマは今もアクシアのために力を割いているのであり、現在進行形で迷惑を掛けている。
だから――ここから解放された後に、カルマのためにできることを全身全霊を込めて考える他はなかったのだ。
(目立つことによって行動が阻害されぬように、我の本来の姿である竜となることをカルマは禁じておる――ならば、人の姿のままカルマの役に立つにはどうすれば良いか……)
カルマと肩を並べて歩いていくためには、アクシアは力だけではなく、あらゆる点が不足しているのだ。
アクシアさえ傍に居なければ、カルマはもっと自由に活動できる――自分が荷物となっていることくらいは自覚していた。
しかし、だからと言って自ら身を引く気はなかった――我儘だとは解っているが、カルマと離れるのは嫌だった。
(我は……我は……カルマと一緒にいたいのだ!!!)
この感情が何であるか――戦うためだけに生きてきたアクシアは知らない。強敵(とも)に対する思いとは違う、もっと熱くて暖かな想いの正体に、彼女自身すらまだ気づいていなかった。
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