第48話 聖公女とカルマ再び


 翌日の夜、カルマは約束していた通りに再びクリスタの私室を訪れた。


「……何度も私の私室に侵入してくるなんて、良い度胸ね?」


 不機嫌な顔でカルマを睨む。カルマが来ることが解っていたから、クリスタは完全武装のままだった。いつでも剣が抜ける感じで警戒心を隠していない。


「仕方ないだろう? クリスタさんと会うには、ここが一番都合が良いんだからさ」


 カルマの方は「警戒って何?」という感じで、まるで自分の部屋のように、自然な動きでベッドに腰を下ろす。

 それがまた、クリスタの気に触った。


「……あのねえ。勝手にベッドに座るとか、本当に切られたいの?」


「痛いのは嫌いだからさ、止めてくれよ? それより、さっさと本題に入らないか?」


「貴方ねえ……解ったわ。これ以上私の気分が悪くなる前に、用件を済ませましょう」


 カルマは森の中で見た正教会の一団と彼らの目的地、目的地である村まで後二日ほどの距離であることを簡潔に告げる。

 勿論、どうやって調べたのかは一切説明なしだったので、クリスタは事の真偽も含めて気にはなった。

 しかし、真偽については結果から解ることだし、方法に至っては訊く意味があるのかも疑わしい。


 一番現実的なのは、カルマに仲間がおり、彼らが正教会の一団を尾行して『伝言』で情報を伝えていることだ。

 しかし、これまでに住人の消失事件が起きた場所は、王国各地に点在しており、単一グループが行動できる範囲を軽く超えていた。つまり実行している部隊は複数――それも片手で数えられる数ではないと思われる。


 その中でカルマの仲間が尾行していた一団が、直近で天使を召喚するなど、余りにもタイミングが良過ぎるのだ。

 もっと大規模に、各地で正教会の一団を監視している可能性もなくはないが……それほど大規模な組織が、他者に感づかれずに活動を続けることは可能なのか?


 以上のことを考えた上で、クリスタは『今考えても意味はないから』と棚上げにする。そんなことよりも――カルマから聞いた話の中に、クリスタの注目を誘う言葉がった。


「……本当に天使が居たのね?」


「今さら俺が嘘をついてどうするんだよ?」


「そうじゃなくて……私も本物の『光の天使』を見たことがないから」


 幸運の教会が偽装した『偽りの光の天使』は目撃したが、本物は見たことがない。

 そもそも天使とは現世の存在ではないのだから、本来は目にすること自体か神の奇跡なのだ。


「……なるほどね」


 何だ、クリスタでも下級天使を有難がるのかと、カルマは鼻を鳴らす。


「……何よ? 何か言いたそうね?」


「いや、別に……それよりも、天使に同行している奴らについて、もう少し詳しく調べる必要はあるか? 悪いけど、これ以上は何か特徴を教えて貰わないと、俺には判別できないからな?」


 カルマは野営地に居た正教会のメンバーについても、見た目の年齢や背格好などをクリスタに伝えた――『催眠術式』を使ったのだから、もっとダイレクトな情報を掴んでいるが、そこまで教えてしまうと不審がられるので言わなかった。


「そうね……貴方に教えて貰ったことから考えて、そのグループの中に特別警戒しなければならない相手はいないと思うわ。想像していた通りに、本命は別の場所にいるみたいだから……彼らは生きたまま捉えて、証言させたいところね」


「まあ、俺は案内するだけで、その辺りはクリスタさんに任せるよ……という訳で、本番は二日後、もしくは、三日後ってとこかな? あまり早めに現地に行くと相手に見つかる可能性が増えるから、タイミングを計って移動ってことで良いよな?」


「解ったわ。こっちにも色々と準備があるから……前日には教えてくれる?」


「了解……じゃあ、状況が動きそうになったら、できるだけ早めに連絡するよ」


 カルマはそのまま帰ろうとしたが、いまだ自分を見つめるクリスタの視線に気づいて足を止める。


「……何だよ? クリスタさんは、まだ俺に用があるのか?」


 軽口を無視して、クリスタは真剣な顔で言った。


「貴方は……アクシアのことを一切訊かないのね? ……心配じゃないの? それとも、私の部屋みたいに、アクシアがいる独房にも勝手に侵入してるの?」


「まさか? そんなことをしたら、あいつを意味がなくなるからな……ああ、今のは聞かなかったことにしてくれよ? ホントは、俺がこうして動いていることも、アクシアに教えて欲しくなかったんだけどさ」


「もう言っちゃったわよ……アクシアもそうだけど、わざと私たちに捕まったって口振りよね? ……正直、意味が解らないけど、あり得ない話とも思わないわ」


 へえ、解っているじゃないかと、カルマは少し感心したような顔をする。

 そういう態度が気に食わないのよとクリスタは顔をしかめるが、カルマは意にも介さずに応える。


「独房に放置したくらいで、あいつはヘコむようなタマじゃないから? それでも、今回はしっかり反省して貰わないとな」


「アクシアは……貴方に迷惑を掛けたって気にしていたわよ?」


「だろうね、あいつなら……まあ、今回の件が終わったら、じっくり話をするかな?」


 カルマがアクシアのことを話すとき、少しだけ空気が柔らかくなる気がする。

 いつも惚けた感じではあるけれど、何と言うか――言葉の奥に温もりのようなものを感じるのだ。


「貴方は……アクシアのことを信頼しているのね?」


「クリスタさんって……さらっと恥ずかしい台詞を言うんだな?」


 揶揄うような口調に、クリスタはこめかみを震わせる。


「……私だってね……ホント、適当なことを言うと怒るわよ!」


「はいはい――勿論、あいつは俺の共犯者だからさ。『信頼』なんて在り来たりの言葉じゃ足りないくらい信じているよ」


「うわぁ……貴方こそ、そんな気障な台詞をよく吐けるわね?」


 クリスタは引いていたが――何故か頬が赤くなった。

 恥ずかしさが半分と、あとは……。


「まあ、恥ずかしげもなく言える俺だから、アクシアと一緒にいるんだよ」


 クリスタの反応には気づかない振りをして、カルマは屈託のない笑みを浮かべた。


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