第43話 神凪カルマの暗躍


 銀色の月明かりに照らし出される真夜中の空を、神凪カルマは短距離転移を連続発動させて移動する――

 クリスタとの約束を果たすために、カルマは正教会の一団が野営をしている場所を目指していた。


 昨日の時点でカルマは彼らの行動を把握していた。


 一昨日の夜に『笑うアヒル亭』でオスカーから白鷲騎士団の過去の行動と『光の天使降臨事件』に関する情報を得ると、カルマは認識阻害でグリミア聖堂に潜入した。クリスタから情報の裏を取る事が目的だった。


 グリミア聖堂の警備の杜撰さは呆れたものだった。

 カルマはすぐにクリスタを発見する。


 尾行して情報を探っているうちに、クリスタがアクシアを尋問する場面を目撃した。


(想像していたよりも穏便な状況だな……)


 尋問の後、私室に戻ったクリスタを監視していると、彼女は気になることを呟いた。


「アクシアの正体を確かめるには、やっぱりを使うべきよね……」


 その後もクリスタが眠りにつくまで監視を続けたが、大した情報は得られなかった。

 それもそうだろう。こちらが欲しい情報を相手が都合良く喋ってくれる筈もない。


(あまり気が進まないけど、仕方ないか……)


 精神支配系の魔法を使うと、本人の記憶と状況に齟齬が生まれるので後で面倒なことになる――今回は情報を調べるだけだから、カルマはもっと無難な方法を選んだ。


 眠りについたアクシアに、催眠術式ヒプノティズムを発動させる。


 『催眠術式』に掛かった相手は、ほとんど抵抗することなく質問に答える。

 カルマは質問を繰り返すことで、クロムウェル王国で起きている事件とクリスタが置かれている状況、そして『真実の鏡』とその在処についての情報を聞き出した。


(『真実の鏡』ねえ……ベタ過ぎる名前だが、ちょっと厄介かも知れないな?)


 翌日――現時点で言えば昨日の朝。宿屋で寝ていたオスカーを無理矢理叩き起こして、今度はクリスタから得た情報の裏を取る。


 そして、次にカルマが向かったのは『真実の鏡』の在処だった。

 多少時間が掛かったが、無事に『真実の鏡』を見つけ出して、その能力を確認する。


(へえ……本当にアクシアの正体を暴けるんだな?)


 カルマは『真実の鏡』にを施す。この時点では解決した。

 ここからカルマは、王国正教会と天使について本格的に調査を始めた。


 短距離転移を連続発動させて、知覚領域でクロムウェル王国全土を探る。

 天使の魔力は小さ過ぎる(・・・・・)から、同レベルの存在が多くて特定するのは難しかったが、カルマは仮説を立てた。


 この世界にやって来た日にカルマを襲った大天使の中に、光の神ヴァレリウスの使徒がいた可能性は高い。

 大天使を現世に具現化するには、信者たちに儀式魔法で召喚させる必要があるのだから、広く信仰されているヴァレリウスの大天使が多くなるのは当然だろう。


 カルマは大天使のを記憶していたから、同じ神の使徒であるが故に同じ色の魔力を持つ存在を、他と区別することができた。


 結果として――カルマの仮説が正しいことが証明された。


 クロムウェル王国の各地で活動する光の天使が憑依した存在と、彼らと行動を共にする正教会の修道士たち。天使たちの居場所が判れば、彼らの行動と周辺地域を観察して、過疎地の村に向かっている一団を特定するのは簡単だった。


 カルマはクリスタに、天使を召喚する現場を押さえさせてやると約束したのだ。


 彼らの行動を監視していれば現場を押さえること自体は難しくないが、クリスタがその場に居合わせるにはタイミングの問題がある。だから、追跡調査を行って情報の精度を上げる必要があった。


 上空から見下ろすと、深い森の中に焚火の炎が見える。昼間に観測した地点から大した距離は離れていなかった。ただの人間に過ぎない修道士を連れて徒歩で移動しているのだから、移動距離が稼げないのは仕方ないだろう。


 カルマは認識阻害を発動させたまま焚火の見える場所に降下した。


 焚火を囲む野営地に居たのは、地味な外套を纏う二十人ほどの集団だった。正教会の修道服を隠している理由は、移動中に第三者に見られて不審に思われることを避けるためだろうが――背中に生えた白い翼を堂々と見せている奴がいるのだから、全く意味がなかった。


 光の神ヴァレリウスの使徒である下級天使――人間の身体に憑依することで、天使は半ば永続的に現世に留まることができる。


 この天使の憑代となった人間の人格はすでに残っていない。つまり精神体としては死んでいるのだが、カルマ以外は判別できないだろう。だから、下手に天使を殺すと新たな厄介事になる可能性があるし、後回しにしても問題ないから放置する。


 眠る必要のない天使の他に三名が見張り役として起きていたが、残りはすっかり眠りこけていた。

 カルマは身分が高そうな者から順番に『催眠術式』を掛けて情報を探ることで――カルマが進行方向から想定していた村が彼らの目的地であり、そこで天使を召喚することのを得ることができた。


(距離から考えると、村まで三日というところだな。そこから住民の説得と儀式の準備のための時間を考えると……こいつらを精神操作をして強制的にタイミングを合わせるまでもないか?)


 他の人間を犠牲にして天使を召喚するような奴らに対して、精神操作をすることに躊躇いはない。殺してしまえば、後から発生する記憶の祖語も問題にならないだろう。

 しかし、彼らを操ることは、ある意味ではカルマ自身が加害者になるようなものだから、できれば避けたかった。


(まあ、面倒臭い奴らが動いているから……タイミングとしては微妙かな? 仕方ない、直前まで監視を続けるか)


 『真実の鏡』に関する懸念は解消済みだから、カルマにはアクシアの解放を急ぐ理由がない。

 グリミア聖堂の個室でクリスタと話をした時点で、すでにクリスタと交渉する必要などなかったのだが――カルマがクリスタに手を貸す理由は、罪悪感だった。


(『催眠術式』を使ったせいで、余計なことまで知ったからな……)


 カルマは苦笑すると、再び闇の中に消えた。


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