第40話 カルマ・カミナギの取引


 部屋の中に、カルマは何食わぬ顔で立っていた。


「カルマ・カミナギ……私の部屋に侵入するなんて大胆ね? それだけで貴方を拘束するには十分だけど……聞かせてくれない? どうやってこの部屋に入って来たの?」


 クリスタは剣に手を掛けたまま油断なく構える。


 カルマの侵入を許した背景と、そこにある意図について、あらゆる可能性を考えた。騒ぎが起こきていないのだから、教会内部に手引きをした者がいるのは間違いないだろう。

 背後にいる可能性が最も高いのはグランチェスタ枢機卿だ。事件を解決しようと貴族たちに働き掛けているクリスタは、グランチェスタにしたら目障りだろう。


 カルマがクリスタの行動を封じるための刺客だとしてら――アクシアとの遭遇も初めから仕組まれていたことになる。


「いや、普通に扉から入ったけど? おまえが気づかなかっただけだろう?」


 白々しい台詞に、クリスタは眉をひそめた。


「答える気がないなら、それでも良いわ……ところで貴方は、いったい何をしに来たのよ?」


 相手を見くびるつもりはないが、この男にクリスタを害する力があるとは思えなかった。もし本気で殺すつもりなら、アクシアの方がよほど適任だろう。


 つまり、この男の目的はクリスタとの交渉だ。

 しかし、交渉が目的だとすると、グランチェスタ以外にも、他の派閥の人間が背後にいる可能性を考た方が良い。


「おまえが何を考えているか、大体想像がつくけどさ――残念ながら全部外れだな」


 カルマは揶揄うように笑った。


「俺は正教会の人間や貴族と関わりがないし――ああ、こう言うと勘違いするだろうから先に言うけど、『幸運の教会』や獣人とも一切関係ないからさ?」


 先回りでクリスタの考えを言い当てるカルマに、クリスタは警戒心を強める。

 自分は別の意味で、この男を見くびっていたようだ。


「……だったら貴方が何者で、何が目的なのか教えてくれるかしら?」


 貴方がその気なら、私も本気で相手をするから覚悟しなさい――クリスタはアイスブルーの瞳でカルマを正面から見据えた。


「あのさあ……誰かの遣いとか勝手に勘違いするなよ? 俺は自分の意思で来たんだ。

 あとは目的の方だけど――俺と取引をしないか?

 正教会の信者を犠牲にして天使を召喚している奴らを、おまえに捕まえさせてやるからさ。

 その代わりに、アクシアを解放してくれよ?」


 クリスタは呆れた顔をする。


「貴方も少しは事情を知っているみたいだけど……自分が本当に何を言っているのか解っているの? 天使を召喚したのは教会上層部にいる人間なのよ? 簡単に捕まえられるなら誰も苦労しないわ」


「何だよ、つまらないことを言うんだな?」


 カルマは揶揄うように笑う。


「自分にできないからって理由で否定する前に、もう少し俺の話を聞けよ? 次に天使の召喚を行う場所を俺は知っているんだ。だから、そこにおまえを連れて行って現場を押さえさせてやる」


 クリスタは憮然とした。


「仮に、貴方の言っていることが本当だとしても……そこはラグナバルから近いの? 召喚のための儀式魔法を行っている最中に立ち会えれば、確かに決定的な証拠を掴むことになるけど。事が済んだ後に行っても、証拠なんて残っていないわよ?」


「さすがに、聖公女様のお膝元で天使を召喚するほど奴らは間抜けじゃない。だけど時間と距離なんて、転移魔法を使えば何の問題もないだろう?」


「貴方ねえ……簡単に言うけど、転移魔法がどういうモノか理解しているの?」


 転移魔法は距離に制限なく一瞬で長距離を移動できるが――そもそも使える人間など極限られているし、発動条件にも制約があるのだ。


 転移魔法を発動させるには、転移先に『転移門』と呼ばれる魔法のマーカーがあることが絶対条件だ。しかも、術者は転移門に魔力を付与して事前に登録をしておく必要がある。つまり、術者が一度訪れて準備をしておかなければ、転移先に指定することはできないのだ。


「私なら転移魔法が使えるだろうって当てにしてるみたいだけど……仮に私が使えたとしても、貴方が言っている場所に転移するのは不可能よ」


「あのさあ……俺はおまえのことなんて当てにしてないし、『転移門』だって問題にはならないから?」


 カルマは平然と言い放つが――クリスタは全く信用していなかった。


「だったら、誰が転移魔法を発動させるのよ? まさか自分が発動するとか言い出さないでよね? 悪いけど、貴方の魔力で発動できるレベルの魔法じゃないわよ?」


 お話にならないわという感じのクリスタに態度に、カルマは面倒臭そうに頭を掻く。


「まあ……当然そう来るよな?」


 クリスタにカルマが偽装した魔力は、中級の魔術士というレベルだ。転移魔法を発動できるとは思わないだろう。


「なあ、クリスタ……面倒だからさ、いきなり切り掛かって来るなよ?」


「はあ? 貴方は何を――」


 言い終える前に、クリスタは認識する。

 カルマの全身から魔力が奔流となって溢れ出しているのだ。


 魔力を鋭敏に感知できるクリスタだからこそ一瞬唖然となる。

 カルマが放っている膨大な魔力はクリスタを、そしてアクシアすらも凌駕していた。


 ほとんど反射的に、クリスタは無詠唱で『防御』と『身体強化』の魔法を発動させた。

 すでに剣は抜いており、一歩で踏み込める距離からカルマを見定めようとする。


「……本当に驚いたわ。貴方は魔力を完璧に隠せるのね?」


 言葉で時間稼ぎをしながらクリスタは考える。

 この展開を予測していなかった自分の迂闊さを恥じる前に、危機的な状況を打開する必要があるのだ。


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