第23話 勘違いはやめてくれ


 前進を続ける馬車の列を、カルマとアクシアは次々と抜き去っていく。高速で駆け抜ける二人の姿は、周囲に違和感を持って迎えられた。


「何だよ、カルマ! 慌ててどこに行くつもりだい?」


「ダグラスのところさ。あいつに話があってね」


「ああ、そういうことか……でも、隊長とマジで殴り合いとか止めてくれよな?」


 二人の目的を皆は完全に勘違いしていたが、いちいち否定する暇はなかった。

 移動するだけの単調な日々に退屈していた者たちは、いつもと違う雰囲気でダグラスの元に向かう二人に、とうとうこの日が来たかと勝手な想像を膨らませて喝采を上げる。


「カルマ、負けるんじゃねえぞ! 女を守る理由に、上下なんて関係ねえからな!」


「馬鹿、適当なことを言って煽るなよ! カルマ、悪いことは言わないからさ。あと二日我慢するだけだろう?」


 周りが勝手に盛り上がっていることついて、カルマは気にも留めなかったが。アクシアがいちいち反応して顔を赤く染めることは気になった。

 それでも誤解を解いて回るのも面倒だから、全てを放置したまま隊商の先頭を走るダグラスの馬車に向かう。


 後方から走ってきたカルマと、何よりもアクシアの姿に気づいて、ダグラスは帽子を押さえながら御者の隣で身を乗り出す。


「これはこれは、アクシア嬢! そんなに慌てて、僕に何か用があるのかい?」


 ダグラスに話し掛けられて、アクシアはあからさまに憮然とする。

 このくらいは予想できるだろうとカルマは呆れるが、これがダグラスという男なのだと諦めることにした。


「なあ、ダグラス……悪い知らせと、良い知らせがあるんだけど?」


「……なんだ、カルマ君か」


 今初めて存在に気付いたと言わんばかりに、ダグラスは興味がなさそうに応じる。


「人騒がせが目的ならば辞めて貰えるかな? だが、万が一にも本当に重要な話であれば、勿論、隊長である僕が聞こうじゃないか?」


 ダグラスの回りくどい言い回しを無視して、カルマは事実だけを告げた。


「この街道の二キロ先で盗賊が待ち伏せしている。人数は百人弱だ」


「まさか……いや、仮に事実だとしても、君は如何なる手段によって知ったんだね?」


 いつもと違うカルマの雰囲気にダグラスは気づいていた。しかし、それだけで鵜呑みにするほど、隊商の隊長としての彼は軽率ではない。


「悪いけど、どうやって知ったのかは企業秘密だから言えない。だから、おまえが信じないのは勝手だけど、百人の盗賊から襲撃を受けたら、この隊商も無事では済まないだろうな?」


 隊商のメンバーで戦闘ができる人員は、ダグラスを数に加えても三十人強だった。

 無論この中に、カルマとアルテマは含まれていない。彼らは金を払って同行している客だからだ。


 カルマの言葉を馬鹿げていると一蹴することもできたが――ダグラスはしなかった。

 女に関することを除けば、彼は決して無能ではなく、むしろ大抵の者よりも柔軟な思考をすることができる。


「つまり……君の言葉を信用して、隊商を止めるべきだと言いたいのか?」


「いや、違う……すでに斥候に監視れされているから、馬車を止めたら一気に攻め込まれる。逃げるにしても、馬車を反転している間に追いつかれるな……だから、このまま前進するのが正解だ」


「……カルマ君。君が何を言いたいのか理解に苦しむ。盗賊が待ち伏せしている場所に、むざむざ隊商を向かわせろと言うのか?」


 ダグラスに睨まれても、カルマはどこ吹く風という感じだった。


「だから悪い知らせと、良い知らせがあるって言っただろう……なあ、ダグラス? 盗賊を討伐するために俺たちを雇わないか? 対価は成功報酬で金額はおまえの好きに決めて構わないけど、ラグナバルに入るときに便宜を図ってくれることが条件だ。何しろ、俺たちは訳ありなんでね?」


 カルマの申し出を、今度こそダグラスは一蹴する。


「また何を馬鹿げたことを言い出すんだ? 君たちは金を払って僕の隊商に同行しているんだぞ? 隊長である僕には君たちの安全を守る義務がある。そんな君たちを危険に晒すなど……」


「固いことを言うなよ? 勝手な行動をした客まで守ってやる義務はないだろう?」


 カルマはいつもとは違う強かな顔で笑う。


「いいか、ダグラス……こうして時間を無駄にしている間にも、状況は悪くなる一方なんだ。おまえも責任者なら、もっと簡潔に判断しろよ? 仮に盗賊の話が嘘だとしても、成功報酬だから損はない。盗賊の話が本当で俺が突っ込で死んだとしても、暴走した馬鹿の自己責任だと片づければ良い――おまえにデメリットはないだろう?」


 応えを執拗に求める漆黒の瞳に、ダグラスは思わず息を飲んだ。


「……良いだろう。君の申し出を受けよう」


「よし、決まりだな――アクシア。時間がないから、すぐに討伐に向かうぞ?」


「うむ。そのようだな……」


 アクシアが街道の先を睨む。


飛行フライ! 加速ブースト!」


 カルマは魔法を発動した振りをして一気に加速した。


 地面擦れ擦れを滑空する様子は、宿場町エルダにアクシアを連れて来た日の動きに酷似していた。アクシアもそれを思い出したのか、笑みを浮かべてカルマを追走する。


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