第21話 何故我だけを?
「なあ、ダグラス・レイモンド? 昨晩、俺の女を一緒に連れて行くって言っておいたよな?」
その台詞に一番反応したのはアクシアだった。
「え? 俺の女……」
顔を真っ赤にして、カルマの腕を掴む手に思わず力を込める。アクシアの姿は妙齢の美女だったから、見た目に反して初心な反応が、余計に周囲の注目を集めた。
「……ああ。確かに、そう聞いていたな!」
あからさまにダグラスは舌打ちするが、全く悪びれる様子はない。女性が自分以外の男に魅力的な反応をするのが許せないのだが、それも自分に自信のある男なら当然だろうと本気で思っているのだ。
「まあ、一応紹介しておくよ。彼女は……」
言い掛けたカルマを、アクシアがさらに強く腕を握ることで止める。
意外そうなカルマに、アクシアは目を合わせずに頷いた。その瞳は真っすぐにダグラスを見据える。
「我が名はアクシア・グランフォルン……我がこの世で一番嫌いなものは、女の尻を追い掛けるような軟弱な輩だ!!!」
真正面から侮蔑の感情を叩きつけるが、ダグラスは爽やかな笑顔で受け流した。
「やあ、初めましてアクシア嬢。貴女は珍しいエキゾチックな瞳をしているね? まさしく、目を奪われるほど美しい金色だと僕は思うよ」
畏怖させるつもりが、全く通じなかったことにアクシアは歯ぎしりする――殺す。
本気の殺意を抱いているアクシアの後頭部を、いきなりカルマが叩いた。
「おい……いい加減にしろよな?」
「な、何をするのだカルマ? 悪いのは、この愚か者であろう!!!」
アクシアは抗議の声を上げるが、カルマは冷たい目で見る。そんな様子も傍目には、男女がイチャついているようにしか見えなかった。
ダグラスは不機嫌そうに目を逸らして、再びあからさまに舌打ちをする。
「まあ、今日の今日では仕方がないか……ところでカルマ君? もう支度は済んでいるのだろうな? 僕の隊商はあと一時間ほどで出発するが、それに間に合わないなら、君だけ置いていくぞ?」
アクシアは連れて行くつもりなんだなと、カルマはダグラスの意図を理解する。こいつも大概にしろよと思うが、他の部分では評価していたから、喧嘩を売るような真似はしなかった。
「ああ。俺の荷物は少ないからね。女のアクシアの荷物が少ない筈がないとか、まさかダグラスが野暮なことを言わないよな? そのくらいのことは、ガキの俺でも解っているからさ」
豪華なドレス――本当はカルマが加工したローブだったが――を纏う令嬢の荷物が少ないことに違和感があるのは当然だが、そこに何か事情があることは容易に想像ができる。
「当然だ――アクシア嬢。何か不都合があれば、隊長である僕に相談してくれたまえ? 決して悪いようにはしないから」
「貴様の申し出は聞こえたが、嫌いな輩から何かを恵んで貰うほど我は悪趣味では……」
さらに勢いをつけて頭を殴られて、アクシアは蹲る。
「悪いな、ダグラス。こいつは世間知らずでさ、悪気はないんだよ」
「……あ、ああ、勿論承知しているさ。アクシア嬢、気にしないでくれたまえ」
嫌な感じの二人の会話を余所に、アクシアは涙目で地面を見ていた。
(……どうして、カルマは我だけを殴るのだ……)
ちょうど一時間後に、ダグラスの隊商は宿場町エルダを出発した。
石を敷き詰めた街道を十二台の荷馬車が等間隔で進む。護衛たちは馬車の周囲を徒歩で移動しており、移動速度は決して速くはなかった。北部の都市ラグナバルまでの行程は五日ということらしい。
「おい、アクシア……いい加減に、機嫌を直せよ?」
十番目を走る幌付きの荷馬車の荷台で、カルマは隣に座るアクシアを宥める。
アクシアは完全に機嫌を損ねていた。カルマが自分を殴ったことに、全く以て納得できないのだ。
「あのさあ……さっきのは、おまえが悪いだろう? 本気でダグラスに殺意を向けていたし、俺が止めたのに、また喧嘩を売ろうしていたじゃないか」
「……あの人間は、我のことを好色な目で見ておったし、何よりもカルマに無礼な態度を取っていたではないか!!! 分をわきまえぬ愚か者に報いを与えるのは当然であろう? ……なのに、どうしてカルマは我だけを殴ったのだ?」
アクシアは己のためだけに怒ったのではない。自分に関心を持つのは当然だというダグラスの態度も気に喰わなかったが、アクシアが絶対に許せなかったのは、カルマに対して舌打ちしたことだ。
「我が全てを捧げるカルマに、人間風情が舌打ちなど……」
「おまえが俺のために怒ってくれたってのは解ったけど――」
カルマは頭を掻いて、少し困ったような顔をする。
「でもさ、それを理由にして喧嘩を売るのは駄目だ。次に同じことをしたら、俺はまた殴るからな?」
「な、何故だ……カルマよ!!! 我の思いを知った上で、何故我だけを殴るのだ?」
拗ねたように上目遣いで抗議するアクシアに、カルマは苦笑する。
「……なあ、アクシア? おまえだけが俺にとって特別だってことは、理解してくれるよな?」
「え……」
アクシアは思わず顔を上げて、まじまじとカルマを見た。
「おまえは俺に全てを捧げて、俺はおまえの全てを受け入れた――だから俺はおまえのことを、この世界で唯一の共犯者だと思っているんだよ」
カルマの漆黒の瞳が真っすぐにアクシアを捉える。
「他の奴らが何を言おうが、何をやろうが、俺の目的の足枷にならなければ構わない。だけど、おまえだけは違うんだ――なあ、アクシア? おまえは何処までも俺に付き合うんだろう? だったら、おまえが馬鹿なことをしたら俺は殴ってでも止める。最後まで一緒にいる奴に、遠慮なんて要らないだろう?」
「カルマ……」
アクシアは大きく目を見開くと、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、そうだな……カルマよ、その通りだ!!!」
先ほどまでのことが嘘のように、アクシアはすっかり上機嫌になった。
跳ねるようにして立ち上がると、鼻歌交じりに馬車の後ろの方に歩いていく。
「そうだ、カルマよ!!! せっかく草原を抜抜ける街道を走っておるのだ。外の景色を一緒に見ようではないか?」
荷台から身を乗り出して、アクシアは街道沿いの広がる草原を眺めた。
森を抜けた後に二人で見た景色――アクシアにとって、それは特別なものだった。
「なあ、カルマよ!!! 馬車などという脆弱な乗物で移動するなんて我は時間の無駄だと思っていたが……この景色を見てみろ!!! 風にそよぐ草原というものは、何度見ても美しいものだな!!!」
「まあ、俺も嫌いじゃないけどね」
カルマは荷台に寝ころんで煙草に火を付けると、馬車の天井に向かって煙を吐いた。
「そうだろう、カルマ!!! 草原の景色が、これほど素晴らしいものとは我は知らなかったのだ!!! それを教えてくれたカルマに、我は感謝するぞ!!!」
アクシアの感情の奔流を浴びながら、カルマは思う。草原を見て子供のようにはしゃぐ竜族の王というのも悪くないなと。しかし――
「たかが草原などと馬鹿にして、見ることもしなかった愚かさを我は恥じよう!!! 大地が育んだ緑の海の美しさは、我ら竜族が求める黄金や白金に匹敵するぞ!!!」
アクシアのテンション方は留まることを知らずに、さらに上がり続ける。
さすがに付いて行けないと、カルマは煙草が燃え尽きるのを待たずに起き上がった。
「……ああ、そうだった。情報収集も目的の一つだからさ、俺は今から、隊商の連中と話してくるよ」
しかし、アクシアは逃がしてくれなかった。
「そうだな。ならば、我も一緒に行こう!!!」
変わらないハイテンションに、カルマは断る理由を百通りは考えたが、すぐに思い直した。
「邪魔をしないって約束するなら構わないけど?」
「勿論だ。我はカルマの思いを理解したからな!!!」
即答するアクシアにカルマは思わず苦く笑うが、結局止めはしなかった。
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