第17話 カルマの態度が信じられない
最後の数キロを徒歩で移動して、カルマとアクシアは目的地に辿り着いた。
宿場エルダは規模で言えば村という程度の大きさだった。
草原を抜ける街道に面した場所に、石造りの建物が五十件ほど立ち並ぶ。それぞれの建物は民家というには大きく、屋敷と言うには小さいサイズだった。
町全体が外壁ではなく木の柵で囲まれていることが理由なのか、建物は全て石造りで、それなりに堅牢に造られてた。
外に掛けられた看板から、建物の半分ほどが宿屋であり、残りが宿屋の使用人や宿泊客を相手にする店舗だということが解る。
「よう、カルマじゃねえか!」
最初の建物に差し掛かるなり、いきなり声を掛けられる。
声の方を見ると、二階の窓から男が身を乗り出していた。
髪を短く切った若い大柄の男は、モップを片手に上機嫌で手を振っている。
「昨日の酒は旨かったな! どうだい、今夜も一緒に飲もうぜ?」
男の馴れ馴れしい言葉遣いにアクシアは不快感を覚えるが、すぐに別のことに意識を奪われる。
「なんだ、マックスか……まあ、昨晩は俺も楽しかったけどさ。今日は仕事があるから駄目だって言っただろう?」
あまりにも自然な感じでカルマは応じていた。事情を知らない他人が見れば、顔見知り同士の気の置けない会話としか思わないだろうが。カルマがこの世界に来たのが僅か四日前だと知るアクシアは、違和感しか感じなかった。
「あー……そういうことかよ?」
そんなアクシアを伺って、マックスが厭やらしい笑い方をする。
「糞、ガキのくせに良い女を連れていがって!」
「どうだ、羨ましいだろう?」
人間に『良い女』などと言われても不快なだけだったが、カルマの自慢げな顔を見るとアクシアも悪い気はしなかった。
「まあ、せいぜい悔しがってくれ。これから俺たちはラグナバルに行くからさ、おまえと次に飲むのは来年かな?」
意地の悪い笑みを浮かべるカルマに、マックスがニヤリと中指を立てる。
「この成金野郎が、畜生! 土産くらいは奮発しろよな?」
「ああ、忘れなかったら。それじゃあ、マックス。また今度な!」
どうしてカルマは、こんな粗野な人間などと親し気に話しているのか?
アクシアは訳が解らないと戸惑うが……それは始まりに過ぎなかった。
「なんだい、カルマ坊やじゃないか! 今日はえらい別嬪さんと一緒なんだね」
「やあ、カルマ。そのお姉さんが昨日言ってた人かい?」
「ねえ。その女(ひと)とはどういう関係? カルマ、ほんと冗談はやめてよね!」
老若男女問わず、町を行き交う人々が次々に声を掛けてくる。全員に共通しているのが、いかにも知り合いという感じの気安さだった。
「エルザさん、さすがに坊やはやめてくれよ」
「よう、ダリアン。確かにそうだけどさ……詮索好きは嫌われるぞ?」
「なあ、サーシャ。おまえくらいの年だと大人の関係に興味津々なんだろうけど。また母さんに叱られても知らないからな」
カルマも当たり前のように一人一人を名前を呼んで、親し気に応じた。どうしてそんな風に砕けた感じで話すのか? そもそも何故、この町の人間と知り合いなのか? アクシアの中で疑問だけが、どんどん大きくなっていった。
「……なあ、カルマよ? 其方はいったい何をしたのだ?」
人の流れが途切れて二人きりになると、アクシアは声を落として聞いた。目立ちたくないというカルマの意図を、一応理解しているようだ。
眉を寄せて難しい顔をするアクシアを見て、カルマは苦笑する。
「言っておくけど、魔法を使った訳じゃないからな? 精神操作系の魔法を乱用すると、あとで面倒事になるからさ」
それでは何をしたのだ? アクシアの疑問は全く解けなかったが、また知り合いらしい人間が声を掛けて来たため、質問を続けることができなかった。
その後もさらに人間たちが何人もやって来て、何気ない会話を交わしていく。
そんな調子で質問するタイミングを掴めないうちに、カルマは『踊る仔馬亭』という名の宿屋の前まで来ると、いきなり中に入っていった。
「な……おい、カルマ!!!」
アクシアは慌てて後を追い掛けた。
入口の扉を潜ると小ぶりのロビーになっていた。フロントに立つ四十代の男は、二人を一瞥すると不愛想に応じる。
「おう、カルマか……後ろにいるのが、おまえが言っていたアレか? 昨夜は見掛けなかったが、まさか窓から連れ込んだんじゃないだろうな?」
また訳の解らない会話が始まったなとアクシアがジト目をする横で、カルマはここでも砕けた感じで応じた。
「連れ込んだって……さすがにそれはないよ。タイミングが悪くて、親父さんが気づかなかっただけだろう? 普通に入口から一緒に入ったけど?」
そんな筈がないだろうと男は訝しそうな顔をする。
「……まあ、どこから入ろうと壊しさえしなければ構わないがな。それよりも今日出発するんだろう? チェックアウトする前に、部屋を片づけておけよ」
「おい、それは親父さんの仕事だろう……まあ良いや、解ったよ。できるだけ奇麗にしてから帰るからさ」
二人の会話を聞いていて――アクシアの疑問は一層深まった。
唸って考え込んでいると、カルマが不意に手を掴んだ。
「アクシア、部屋に荷物を取りに行こうか?」
答えを待たずにアクシアの手を引いて階段を昇ると、カルマは二階の一番奥の部屋の鍵を開けて中に入った。
部屋の中にはベッドが二つとクローゼット、それに小さな応接セットまで置かれていた。宿場町の部屋にしては、かなり豪華な作りだろう。
二人きりになるなり、アクシアは声高に疑問をぶつけてきた。
「……我には、何が何だか全く訳が解らぬ!!! カルマよ、我が理解できるように、きちんと説明してくれぬか?」
拗ねるような目で睨まれて、カルマはしたり顔で応える。
「ああ。勿論、構わないよ」
いつもの気楽な調子でカルマは説明を始めた。
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