俺のせいで世界が滅亡したから異世界転移してやり直してみる

岡村豊蔵『恋愛魔法学院』3巻制作中!

第1話 神凪カルマと竜の女王(1)


 山岳地帯の上空に、神凪かみなぎカルマは具現化した。


 群青色の晴れ渡る空の上に直立する――年齢は十七、八歳。少し長めの黒髪と漆黒の瞳の華奢な少年という感じだ。素肌の上に黒いジャケットを羽織って、ズボンを太いベルトで腰の位置に止めている。足元は踵のない靴をサンダルのように突っ掛けていた。


 カルマは欠伸をしながら、気怠そうに辺りを見渡す。


「何だよ、全然変わり映えしないなあ……ホントに異世界か?」


 周りに見えるのは岩肌が露出した険しい山ばかりだ。見慣れた感じの殺風景な景色が何処までも続いていた。


 座標を指定して転移した訳じゃないからハズレを引いても文句は言えないし、そもそも何かを期待していた訳じゃないが――味気のない風景に何となくテンションが下がる。


「……まあ、別に良いんだけどね? それよりも、まずは試しておくか」


 今も浮遊している訳だから、こちら側の世界でも魔力が発動できることは実証済みだ。しかし、能力が減退していたり、何かしら制約を受けている可能性はある。


 半径百キロを超える『知覚領域』内に警戒すべき相手がいないことを確認して、カルマは左手に軽く力を込める。すると――闇が渦巻く小さな黒い球体が出現した。

 直径五センチほどの球体は放電するように膨大な魔力を放って、空間自体を歪ませる。


 カルマは自分が放った力と周囲の空間に対して『魔力解析』を発動させた。

 視界に表示される大量のデータを、漆黒の瞳が読み取っていく――


「……エネルギー損耗率に、空間抵抗値までゼロかよ? 魔力の性質にも変化はないし……何の制約もなしで『力』を発動できるってことか?」


 この世界特有の法則によって魔力の変質や減退が発生しないのは有難いが――カルマの感覚では、魔力の発動を阻害する『対魔法防護フィールド』が存在しないこと自体があり得なかった――

 つまり、この世界では魔力が一切軽減されることなく、常に百パーセントの威力を発揮するのだ。


「これじゃあ……素っ裸で魔弾の雨の中を歩くようなものだな?」


 まったく無防備にも程があると一瞬思ったが――すぐに思い直す。


「そうか……『防御フィールド』を四六時中展開している方が異常なんだ」


 この世界では終わりのない戦争を延々と続けている訳じゃない――

 カルマは拍子抜けして乾いた笑みを浮かべるが――不意に何かに気づいて顔をしかめた。


「……不味いな、地雷を踏んだよ」


 『知覚領域』の限界に近い距離から、カルマが発動させた力に反応する者が居た――つまり相手も同レベル以上の感知能力を持っているということだ。

 相手は明らかにこちらの位置を特定しており、最短距離で接近してくる。


「あー、失敗したな。次からは、もっと警戒レベルを上げないと」


 棒読みで呟きながら黒い球体を掻き消すと、カルマは『認識阻害』を発動させて自身の魔力を隠した――

 一定以上の魔力の持ち主なら、至近距離であれば相手の魔力を感知することができる。だからカルマが素の魔力を晒せば――相手を威嚇することになるだろう。


「無暗に喧嘩を売るのも馬鹿っぽいしなあ……まあ、とりあえず準備はこんなものか?」


 気の抜けた顔で、ポケットから煙草を取り出して火を付ける――元居た世界の人間が好んだ嗜好品をカルマは気に入っていた。

 煙草の効果は残念ながらカルマの身体には一切影響を及ぼさないが――その香りと、煙を吐きながら時間を浪費する感覚が好きだった。


 煙草が燃え尽きるまで――カルマは、ぼうっと咥えていた。


 『認識阻害』を発動させているから逃げるのは簡単だったが、今は選択肢から外す。

 自分の予測を超えた感知能力の持ち主に少しだけ興味があったし、面倒になったら、その時点で逃亡すれば良いと思ったからだ。


「さてと……そろそろか?」


 不意に――東の空の彼方に赤い点が出現した。


 加速する点は急激に大きくなり、数秒後には、その姿をはっきりと視認することができた。カルマの前に姿を現わしたのは巨大な翼を持つ四足の爬虫類――竜だった。


(先ほどの禍々しい力を放ったのは――貴様か!!!)


 赤竜はあからさまに攻撃的な思念を放ってくる。


「ああ……やっぱりそう来るよな?」


 カルマは面倒臭そうに煙草を揉み消した。


 竜とは年を経る毎に巨大化して、同時に力を増す生き物だが――赤竜の体長は二十メートルを優に超えていた。

 カルマの世界の基準で言えば、最上位クラスとなる太古の竜エンシェントドラゴンの中でも、明らかに規格外のサイズだ。


 勿論、大きさだけの話ではない。

 金色の牙と爪と血の色に近いくすんだ赤い鱗には、激戦の歴史を思わせる古傷が所々に刻まれていた。この赤竜は真に太古の竜と呼ぶに相応しい強者だと――


 普通なら竜が放つ威圧感に圧倒されるところだが、カルマは違った。


「あのさあ……いきなり力を発動させた俺も悪かったけど、ちょっと待ってくれよ? おまえも生物の頂点に立つ太古の竜だろう? だったら大物らしく少し落ち着ついて、俺の話を聞かないか?」


 すでに赤竜は目前に迫っていたが、カルマにはまるで危機感がない。

 畏怖されることに慣れた赤竜には――それが不快だった。


(……舐めるな、人間!!! 我が版図を汚した代償を存分に支払わせてやる!!!)


 金色の牙が並ぶ巨大な口を開けると、赤竜はブレスを放った。

 摂氏一万度を超える灼熱の焔が放射状に広がり、カルマを中心とした空間を焼き尽くす。


 焔が消えた後――焦げ臭い匂いが漂う空間には、塵すら残っていなかった。


(呆気ないな……所詮は人間風情ということか……)


 赤竜が満足そうに笑みを浮かべたとき――背後から声が聞こえた。


「おまえさあ……沸点が低すぎるだろう? いきなり撃つなって」


 赤竜が驚愕して振り向くとカルマが立っていた――まるで何事もなかったかのように、服すら無傷だった。


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