12.ハールの祠(1)
白い昼が終わって藍色の夜に変わる頃、俺達三人はセッカの家に着いた。
チョロは俺達を下ろすと、すぐに山の方へ帰って行った。
ネイアが言っていたように、あの儀式はかなり俺の生命エネルギーを使うらしい。部屋に着いた途端、俺はふらふらとベッドに倒れ込み爆睡してしまった。
目が覚めたのは……次の日の、しかも空が藍色に染まってからだった。
そんな時間から活動する訳にもいかず、結局ダンさんに事の顛末を報告できたのは、夜が明けてさらに次の日の昼になってからだった。
「それで……セッカはどうですか? 役に立ちましたか?」
ダンさんが俺達に用意してくれた食事は、秘蔵の熟成肉のステーキと各種野菜がふんだんに盛り込まれたスパイシーなスープ、それとふかふかのパンにコロッケみたいな揚げ物が挟まれたもの。
水が美味しいからか、料理はメチャクチャ美味い。
ちなみにこのコロッケパンはセッカの創作料理だそうだ。ああ見えて、セッカはかなり料理上手らしい。
「はい。やっぱりジャスラでは知らないことがたくさんあるので、とても助かりました。森は、セッカがいなかったら越えられなかったと思います」
「でしょー」
セッカは機嫌よく……そして相変わらず豪快に料理にかぶりついている。
コロッケパンを食べて「あ、イケるじゃん!」とかなりご機嫌だ。
「ですから、このまま一緒に旅をしてくれると助かります。ミズナもかなり懐いているし……」
「そうそう。仲良しになったもんね」
「……」
セッカが水那に笑いかけると、水那はちょっとだけ微笑んで小さく頷いた。
あれ以来、水那は微笑むことが増えた。主にセッカと話している時で……相手は俺ではないけれど。
それでも俺はちょっと嬉しかったし、ホッと安心できた。
セッカにはそういう意味でも感謝だ。せっかくいい雰囲気になってるし、このまま俺達の旅に付いてきてほしい。
「そうですか。……ならば、仕方ないですね」
水那の雰囲気が変わったことは、ダンさんも分かったのだろう。
諦めたように溜息をつくと、セッカの方に向き直った。
「ただし。これからの旅について行くんなら、服装は変えなさい」
「えー……」
「ハールは……今は、治安がいいとは言えないからな」
「うっ……そうだね」
セッカが珍しく大人しく頷く。
俺は少し不安になって
「そんなに荒れてるんですか?」
と聞いてみた。
「ここから東の海沿いの国ハールは、前は一つにまとまっていたんですが、1年前に領主が亡くなりましてね。それ以降、4人の息子がそれぞれ自分達の縄張りを持ち、反目し合っているような状態です」
ダンさんが溜息をつく。
「海に出るための船の木材はデーフィの山から切り出したものを使うので、交流はあるんですよ。ハールで取れた魚や海藻と交換しているんです」
「船……」
何となく、漁船に乗っている海の男たちを思い浮かべる。
日に焼けた、ごっついヤツらなのかな……。
まぁ、行ってみないとわからないが。
「そうだね。今度の祠は海の中にあるしね」
「えっ!」
セッカの台詞にびっくりしてスプーンを落としそうになって、慌てて握り直す。
「あ、海中って意味じゃないよ。陸地から離れた、小さい島に作られた祠なんだ。だから船は要るんだよね」
「ふうん……」
やっぱりこの旅は、簡単にはクリアできないようになってるんだな。
「それと……ハールとラティブは、ヒコヤの旅を知らないと思います。領主がコロコロ変わっていますのでね。語り継がれてはいないでしょう」
「そうなんですか。じゃあ、一番遠くの……えーと……」
「北のベレッドですか? この国は大丈夫です。きちんと把握しています。ヤハトラから分かれた小さな神殿に、領主である巫女がいます。原則フェルティガエはヤハトラに集められるのですが長い旅に耐えられない者もいますので、そういった者たちを集めて守っているのですよ」
「そうですか……」
国によっていろいろな事情があるんだな。
その国の人たちと揉めないように……スムーズに事を運ぶように気をつけよう。
まだ一つ目をクリアしたばっかりだからな。気を引き締めていかなくては。
そう思って隣の水那を見ると、水那は少し不安そうな顔で俯いていた。
* * *
今度はすべての闇を回収するまでこの地に戻ってくることはない。そのため、俺たちは入念な準備をした。
俺たちがデーフィの祠に行っている間に、ダンさんが村の人に指示をして俺の矢を作ってくれていた。硬い、鉄のような矢尻がついたものだ。
セッカは、上はノースリーブのままだったが下は長い裾のズボンに履き替えた。これからの旅はどんどん寒い地方に向かうらしいので、上着を持っていくらしい。
そして俺と水那の分の着替えも用意してくれた。
ここからは東に向かい、海に行く必要がある。ハール四兄弟の誰かに会って船を借りなければならない。
ダンさんは
「次男のホムラに会うのが一番いいでしょう」
と教えてくれたが、それを聞いたセッカは不満そうに口を尖らせた。
「えーっ! だってあいつ、すごいバカだって噂だよ?」
「そんな言い方をするんじゃない。多分、兄弟の中で一番性根が真っ直ぐな男なのですよ。闇に囚われる可能性が一番低いですから」
「まぁ、確かに……それはそうかもね」
「そうですか、わかりました」
俺たちはダンさんに別れを告げると、東に向かって歩き始めた。
最初に来た時から奇麗な場所だと思っていたけど、闇が晴れて一層激しく光が照りつけている。
山や森に棲む獣も、かなり大人しくなったという話だ。
「その、四兄弟が反目してるってのは、どういうことなんだ?」
領地に入る前に状況を把握しておくべきだろう。
セッカに聞くと
「会ったことはないから、父さんの話と噂だけだけどね」
と言って何かを思い出すように遠くを見つめた。
「長男がレッカって言って、35ぐらいじゃなかったかな? 普通ならレッカが次の領主だと思うんだけど、ちょっと身体が弱くて、自分では海に出れないんだって。でも、もう結婚して息子も15歳ぐらいだっていうし、息子は普通に元気だって話だからさ。別にレッカが継げばいいんじゃないかって、父さんは言ってたけど」
「ふうん……」
「で、次男がホムラね」
セッカが汗を拭きながらちょっと笑う。
「ホムラは30ぐらいだけど、まだ独身で仲間とつるんでるのが楽しいって感じだってさ。こいつは、父さんと同じでレッカが領主になればいいと思ってるみたい。周りも、ホムラを領主にっていう人間はいないみたいね。悪い奴じゃないらしいんだけど、とにかくガキっぽいらしくて。父さんは一番気に入ってるみたいだけど」
「へぇ……」
「で、実質長男のレッカに対抗してるのが、三男のカガリ。年齢は確か、あたしよりちょっと上だったような……。自分の領地をきっちり締めてるよ。でも……噂では、ラティブで盗みを働いたり、自分の手下を潜り込ませて情報を収集したりしてるってことでさ。裏で何をやってるか分からない感じ」
つまり、一番闇の影響を受けていそうな人間ということか。
「四男のアブルはソータと同じぐらいかな。こいつが一番乱暴。実質カガリにうまく扱われてる感じ。カガリは自分の手は汚さずにアブルを利用してるって噂ね。盗みを働いたりラティブで強盗まがいのことしてるのもアブルの連中じゃないかな?だから、四つに分かれてるっているよりは、二つだね。レッカとホムラ対カガリとアブルって感じ」
そこまで一気に喋ると、セッカは喉が渇いたのか水筒の水を一口飲んだ。
「じゃあ、レッカかホムラに接触できればいいんだな」
「うん。まぁ、ハールに入って最初の領地はホムラのはずだから、普通に行けば問題ないと思うけど」
しかし男ばっかりか……。
水那は大丈夫かな? 俺が気をつけてやらないと……。
「ミズナは可愛いからさー。特に気をつけないとね。あたしが守るからさ!」
セッカがニカッと笑って水那の手を握った。
水那はちょっとびっくりしたような表情でセッカを見ると、小さく頷いた。
……そしてじっと、俺を見る。
「まぁ、そうだな。頼むよ、セッカ」
俺は、とてもじゃないがセッカみたいに口に出せない。
まぁ俺の言いたいことはだいたいセッカが言ってくれてるから、いいか。
水那は俺から目を逸らすと、小さい声でセッカに『ありがとう』と言った。
途中で休憩をとりながら、俺達はだいぶん長い間歩いた。
最初に地上に出たヤハトラの真上の地点を通りすぎ、さらに東へ進む。
海に近付けば潮の香りでもするかと思ったが、何も感じない。
「もうすぐハールに入るよ」
セッカはそう言うと、肩から荷物を下ろして地図を取り出した。
「ホムラの拠点は、海沿いかな。南の方に行けば……」
南と言うと、右だな。
見ると、林の奥の方にわずかに海が見え隠れしている。
それを聞いたからか、水那は辺りをキョロキョロ見回して海を見つけると、右の林の方に歩き始めた。
『おい水那、待て……』
「あれー?」
急に若い男の声が聞こえ、ガサガサと音を鳴らしながら林から男二人が現れた。
かなり日焼けしたガタイのいい男たちだ。
年は、俺より下みたいだけど。
そして……だいぶんいい感じに闇を纏ってやがる。
「おお、すげぇ可愛い子じゃん」
「兄ちゃん、俺たちにちょうだいよ~。通行料ってことで!」
男の一人が駆け寄ってきて水那の腕を掴む。
『きゃっ……』
「触るな」
俺がすかさず割って入ると、男は「へへっ」と嫌な笑いをしながら殴りかかって来た。
避けようと思ったが……後ろの水那に当たるかもしれない。
俺は咄嗟に左腕で受けると、思い切り男の腹を蹴り飛ばした。結構な勢いで転がっていく。
すかさず背中の弓を掴む。
男の拳を受けたせいでちょっと狙いが定めづらいが、右手で矢筒から軽めの矢を取ると、転がった男に向けて矢を放った。
「うわーっ!」
転がった男の顔の、真横の地面に突き刺さる。驚いた男がゴロゴロと必要以上に地面を転がっていく。
「お前……!」
もう一人の男が駆け寄ろうとしたので、すかさず矢を構えて狙いを変える。
「うぐっ……」
「今度は当てるぞ」
正直言って、左腕が痛すぎて自信はないが。
俺は平静を装って男たちを睨みつけた。
「……くそっ……」
男は忌々しげに呟くと、左手の方に逃げて行った。
地面を転がっていた奴も慌てて起き上がると
「アブルさんに報告するからな!」
と捨て台詞を吐いて仲間の後を追っていった。
「……ふう」
俺は額の汗を拭うと、男が倒れていた場所まで歩いて行った。
地面に突き刺さった矢を抜き取り、軽く砂を払う。
水那に乱暴しやがったから、つい頭に血が昇ってしまった。人に向けて矢を放つとか、元の世界にいた俺じゃ考えられない。まぁ、最初からちゃんと寝転がった男の脇を狙ってはいたけどさ。
こっちの世界に来て、どんどん身体が馴染んでいる気がする。『ヒコヤ』らしくなっている、とでも言えばいいんだろうか。
「ごめん、ミズナ! あたしが地図に気を取られてたから……!」
セッカが真っ青な顔をした水那の元に駆け寄る。
水那はプルプルと首を横に振った後、俺の方を見た。
『ごめん……なさい。腕……』
水那がおろおろした様子で泣きそうになっている。
俺が庇いたかったから庇っただけで、水那が謝る必要はない。
ここは笑顔でカッコよくだ。
『気にする……ぐえっ!』
俺の方に駆け寄って来たセッカが俺の左腕を急に掴んだ。急激に走った激痛で顔が歪み、何もかもが台無しになる。
「何をする!」
「骨まではいってないと思うけど……」
「当たり前だろ!」
「でもソータ、ちゃんと……」
「おーい! そこの奴!」
セッカと言い合いをしていると再び右手の林の方から男の声が聞こえてきて、俺はとっさに弓を構えた。
何だよ、またチンピラもどきかよ!?
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