Ⅱ 昏き森の英霊
序章 針の音
第22話 第二学習室にて
時計の秒針の音だけが、部屋に響き渡っている。その音を聞きながら、ジャック・レフェーブルは窓辺にもたれていた。
殺風景な第二学習室。ジャックがここを
そういう部分は運がよい。だが、その運のよさは別のところで発揮したかった。
胸中で嘆息しつつ、ジャックは長年の友人を待つ。
秒針の音が、いやに大きい。そう思うときは気が急いているのだと、ジャックは自分で知っていた。
針の音しかない世界。それを壊したのは、少しずつ近づいてくる足音だった。耳に馴染んだそれを聞きつけ、ジャックは静かに上体を起こす。
学習室の扉が開いた。
「お待たせ、ジャック」
少年が顔を出す。短い茶髪に、猫みたいな目の小柄な少年。彼は今日も、変わらぬ笑顔をジャックに向ける。だが、その笑顔がいつもよりほんの少しぎこちないことに、ジャックは気づいてしまった。
「やあ、トニー」
彼もいつものように声をかける。そして、続けた。
「どうだった?」
トニーは無言で首を振る。それはジャックにとって、何よりも明快な答えだった。「そうか」と息を吐いた彼は、けれども肩を落とさない。
「君から話してもらえればもしかしたら……と思ったんだけれど。だめだったか」
「取り付く島もなかったぜ。どうしたんだろうね、オスカーの奴。『おまえが
首をかしげるトニーは、心底不思議そうだ。親友に、ジャックは曖昧な笑みを向ける。いつも
オスカー――もう一人の親友が豹変した理由には、一応心当たりがあるのだ。それをトニーに告げないのは、自分の中で確信を持てていないから。他人の内面という繊細な問題に関して、憶測でものを言うことをジャックはしたくなかった。
ただ、彼の「憶測」が真実であった場合、責任の一端はジャックにある。いずれはオスカーと真正面からぶつかることになるかもしれない。
今はまだ、その時ではないだろう。オスカーの方が、ぶつかることを拒んでいるのだから。であれば、まずはジャックにできることからするしかない。
感傷を退けて、ジャックは両手を叩いた。乾いた音が第二学習室にこだまする。
「まあ、断られたものはしかたがない。オスカーをうちに入れるのはあきらめよう」
「そうだな。でも、どうするか。ほかに入ってくれる人がいるといいけど」
トニーが帽子を手もとで弄びながら、笑う。その笑みは少し引きつっていた。ジャックの趣味が高じすぎた結果、生まれた
「さて。明日からは本腰を入れて団員探しだ。頼むよ、トニー」
「頼まれるのはいっこうに構わないけど。どうやって探すか。ほかのところみたいに、ビラでも配る?」
猫目を見開いた少年に対し、ジャックは神妙な表情で答える。
「それも考えたけど、とりあえずは直接声をかけて回ってみるよ」
「ああ……。ジャックの場合はその方がいいかもな。そのノリだし」
トニーの発言と苦笑の意味に気づかないほど、ジャックは鈍感ではない。しかし、だからと言って急に静かになるほど他者を気にしてもいなかった。こう振る舞っているのが一番自分にとって自然なので、そうしているだけなのだ。トニーも理解はしてくれているようで、それ以上はからかったりしてこない。それが二人の、いつも通りの接し方であり、距離感である。
「ぜひとも、頼もしい仲間を見つけたいものだ。二人だけでは『クレメンツ怪奇現象調査団』は成り立たないからね!」
「……その名前、もっとどうにかならないかねえ」
無二の親友でも、解せない部分はある。そう言わんばかりのトニーのささやきは、しかしジャックの耳には届いていなかった。彼は腕を組み、輝く瞳で時計を見上げる。
秒針は、変わらず時を刻んでいた。時間は戻らない。前にしか進まない。ならば自分たちも、ひとまずは前に進めばいい。
心に決めたこの日から、二か月後。二人は得難い資質を持つ武術科生と出会うこととなる。ただし――彼らは最初、怪奇現象にはまったく興味がなかったのだが。
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