襲撃と離反者②


「……ちょっとっ!?」


 男たちは会話をしながら、自然な仕草で遺体へと歩み寄った。

 かと思えば、無遠慮にそのズボンから小さな財布を抜き取ったのだ。


 身元の確認かと眺めているも、抜き出したのはまさかの紙幣だった。


 ぎょっとする累を無視して、手に持ったお金を自身のポケットにねじ込むと、何食わぬ顔で更に周囲に目を向ける。

 そして目についた荷物を軽く物色し始めた。


 ノクスロスによって見るも無残な状態だが、この場所は複数人の住居だったのだ。

 突然の非常事態に、貴重品が置き去りになっている可能性は高い。


 こういうのを火事場泥棒と言うんじゃないだろうか。


「ちょっと……!」

「はいはい、わかってっから、黙ってろ」


 制止しようとした累を、悪びれもなくあしらい、乱暴に物色を続ける男たち。


「シケてんな……『聖遺物』の横流ししてるんじゃなかったのかよ」

「ただの浮浪者の溜まり場みたいだな……」

「……お、でもコレ、結構入ってるぜ。……ほら、見習い。無謀についてきた勇気に免じて、分けてやるよ」


 無造作に突き出してきた手に握られているのは、数枚の紙幣。


「いや、だから……!」

「ぐだぐだ言うなよ。生きていくには金が必要だろ? ここの奴らは、ノクスロスが消えて命が助かった。俺らはこの金で暮らしていける。WIN-WINじゃねーか」

「そうそ。どうせ住んでたのはゴロツキ共だ。この金だって、誰から奪ったかわかんねーぜ?」

「……っ、そういう問題じゃないでしょう……!?」


 全く後ろめたさの無い2人に愕然とし、なんと言えば良いのか言葉に詰まる。


 考え方が全く違うのだ。


 生きていくために必要とはいえ、人の物を勝手に持ち去る罪悪感が微塵も感じられない。

 そこにあるのは弱肉強食だという強者の理屈だけ。


 そもそも魔法士としての要請に、金銭を要求するのもどうかと思うのだ。確かに労働には対価が必要だし、危険に見合った以上のものが無ければ意欲も下がるだろう。

 だからこそ、魔法庁では十分すぎる給金と社会的地位を確約しているのだが、この2人は何かが気に入らなかったらしい。


 出来ればそこらへんを詳しく聞いてみたいものだったが、『離反者』たちは聞き分けのない累に詰め寄り始めた。


「見習いのガキのくせに、正義漢でも気取ってんのか?」

「頭ん中お花畑ーってな。死線をくぐり抜けたこともないガキが、魔法士様に口出ししてんじゃねーよ」


 だんだんと煽るように荒々しい口調になる2人。


 血と肉片と瓦礫が散乱する状況に酔っているのかもしれない。

 戦闘を前に昂ぶらせていた感情が、行き場を失くして、攻撃的な言動に繋がるのは理解できる。


 が。


 理解できるのと、許容できるのは別問題だ。


「おいガキ。俺様達が特別に課外授業をしてやるよ」

「本物の魔法士様の有難い講義だぜぇ? タダで良いんだから感謝しろよなぁ?」


 ニヤニヤと笑いながら近づいてきた2人が、累の胸ぐらを掴んだ。


 そしておもむろに、足を掛けて背負い投げた。


「……——っっつ!」


 受け身も取れずに背中を強打した累は、一瞬息が詰まり、その衝撃に身悶える。


「おいおい、こんなに簡単に投げられてどーすんの、お前。もしかして基礎科の訓練もまともに終わってねーんじゃねーの?」

「んだよ、そのくせイキがってここまで付いてきたのか? よくやるぜ」


 追い打ちをかけるように、起き上がろうとする累を、薄汚れた靴で小突く2人。


 背中を丸めて痛みに耐えながらも、若干涙目になるのは否めない。

 事態の面倒さに眉根を寄せ、悪態を吐きたいのを耐える。


「……っ、もうすぐ、魔法士部隊が来ますよ?」

「はん、それがどうしたよ。あんな雑魚、俺らの相手にもならねぇな」

「言っとくけど、退団しなけりゃ俺たちは今頃、連隊長クラスだぜ?」


 どうだ参ったか、とでも言いそうな、まるで子供の虚栄な発言に苦笑が漏れる。


「ははっ、そんな程度で連隊長なんて、務まるはずがない」

「あぁん!?」


 思わず口に出してしまった言葉を聞き逃してくれる筈もなく、怒気もあらわに声を荒げる男達。

 単純すぎる反応が、逆に面白くなってくる。


「なにニヤニヤしてんだよっ」

「……っぐ……!」


 蹴り上げられ、近くの瓦礫に身体を打ち付ける。


 はっ、と思った時には、目の前にもう片方の男がいて、助走もない大振りな回し蹴りが累の顎にヒットした。


「…………っつ……っ!」


 脳みそが揺さぶられる、ぐわんぐわんとした衝撃に、視界がチカチカする。

 壁伝いにずるずるとしゃがみ込むのが精一杯で、災難すぎる展開に溜息を吐きたくなる。


 このアグレッシブさを、もっと他のことに使ってくれよと言いたい。切実に。

 典型的な離反者の見本ともいえる言動は、様式美か何かなのだろうか。


「せいぜい勉強するんだなっ!」


 男がその拳を強く握りしめ、累へと振りかざした。


 しかし。


「——んだぁぁあ!?」


 右ストレートの軌道は、見えない膜のような壁に阻まれ、累の顔に届くことはなかった。


「っもう痛いのは、結構なんで……」


 流石に、ここまでやられっぱなしで、更にまた1撃を受けてやるほどお人好しじゃない。

 捕食の機会を逃し、気が昂ったままなのは、こちらも一緒だ。


 累の中で増長し続けたままの魔力を、そのまま身の回りに圧縮して展開すれば、こんな程度の暴力など簡単に防げる。

 造作もないことだ。


 これ以上口を開くことすら無意味だとばかりに、冷ややかな表情で目の前の男達を見やる。


「っ……のやろう、こっちがせっかく魔法を使わないでおいてやってたのに……っ!」


 馬鹿にされたと思ったのか、激昂しながら距離をとり、早口に呪文を詠唱しはじめた2人。

 この段階でも引くことのない頭の悪さにウンザリする。


 次は何をしてくれるのかと無感動に見つめていると、呪文の旋律に合わせて、徐々に燐光が集まってきた。

 恐らくまだ、殆どの魔法士には見えないであろう、魔法として構成される前の粒子だ。

 それが統制され、美しい模様に組み上がった時、魔法が意味を成し、発動する。


 この組成段階を、累は鮮やかに視ることが出来るのだ。


 男達が何を考えているかなど、手に取るように明らかだった。


「いっぺん痛い目に会ってこいっ!!」


 前方両側から、2人が同時に攻撃魔法を放った。


 鋭さを備えた光が、切り裂くように累を襲う。


 が。


 そんなもの、累にとっては、指一本すら動かす必要はない。

 累を包む高濃度の魔力が、主に届く前に、その脅威を全て喰らい尽くしたのだ。


「——な、なにぃっ………!?」

「嘘だろ……っ!?」


 2人の魔法士の本気の攻撃は、累の髪をふわりと揺らしただけだった。


 乱れた前髪を、軽く首を振って直し、それから風に伏せた瞳をゆっくりと持ち上げる。


 闇のように深い虹彩が、動揺する2人を捉えた。


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