第70話 保健室の二人


 保健室には校医の片岡先生がいて、彼女が堀田さんを診てくれた。

 彼女は二十代だが英語の松浦先生と対照的で、いつも派手な服装を着ている。

 目鼻立ちのはっきりした美人で、とてもスタイルがいいから、男子生徒の中には彼女に憧れている人も多い。

 さばさばして明るい性格だから、女子にも人気がある。

 胃腸が弱いボクも、時々お世話になっている。


「苦無、お前は教室へ帰ってろ」


 片岡先生は、いつもこんな感じ、ぶっきらぼうな口調だ。


「いえ、心配だから外で待ってます」


「馬鹿を言うな、今は授業中だろうが」


「とにかく、外で待ってますから」


「……ひつこい男は女の子にモテないぞ。まあよかろう。診察が終わったら声をかけてやるから、それまで外にいろ」


「分かりました。彼女をよろしくお願いします」


「お前……まあいい、そら、外へ出た出た」


 こんなやりとりがあって、ボクは保健室の外で待っていた。

 二限の終わりを告げるチャイムが鳴ると、引き戸が開いて先生が顔を出した。


「終わったぞ。ただの過労だな。ここのところ、あまり寝ていないそうだ」


「よかった……」


「さて、私はちょっと出てくる。彼女、今は寝てるから、苦無、しばらくお前がつき添ってやれ。午後の授業には出ろよ。あとな……」


「なんですか?」


「エッチなことするんじゃないぞ」


「なっ、そ、そんなことするわけないじゃないですか!」


「さすがひかるの弟だ。反応が面白い」


 そういえば、この先生、姉さんと親しかったんだ。


 ◇


 保健室に入ると、さっきまで座っていた椅子に堀田さんの姿はなかった。

 緑色のパーティションからのぞくと、堀田さんが寝ている。

 彼女は髪を解き、眼鏡を外していた。

 点滴のチューブが毛布の陰から伸びていた。

 彼女が寝息を立てているので、ボクは横に置いてあった丸椅子にそっと座った。

 顔色はまだ少し青いみたいだけど、寝息の間隔が規則正しいから、ちょっと安心した。


 午前中の陽射しが、窓にかかった白いカーテンを通し、彼女の顔を照らしている。

 乱れた髪が一筋、その額にかかっていた。

 思わずそれを払おうと手を伸ばしかけ、途中でそれをひっこめた。

 こうして改めて見ると、堀田さんはとても綺麗だった。

 美しいアーチを描く細い眉、その間からすっと伸びた鼻筋、決して高くはないが形のいい鼻、優美な頬の曲線につながる小さなピンクの唇。

 それはまるで美の女神が、祝福して生まれた芸術作品のようだった。

 

 長いまつげが、ときどき、ふるふると震えている。

 もしかすると、なにか夢を見ているのかもしれない。

 そして、それが楽しいものでないことは、寄せられた眉からも想像できた。

 思わず彼女の左手を両手で包む。

 ボクは、そうしながら、少しでも彼女が安らげるように祈っていた。




 

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