第66話 プールサイドで(上)

 やけに清潔な更衣室でハーフパンツの水着に着替え、プールへの扉を開く。

 屋内にあるプールは思っていたより小さく見えた。

 四つのレーンは区切られておらず、今は誰も泳いでいなかった。

 プールサイドに並んでいる寝椅子が、寒々しい印象だった。


 ストレッチをした後、金属製の手すりを使い、水に入ってみる。

 プールはボクの首くらいの深さで、驚いたことに学校のそれのような塩素の臭いがしなかった。

 

「温水プールの方がよかったかしら?」


 プールサイドに立つケイトさんは、花をあしらったビキニを着ていた。

 白く長い手足が、すらりとした体形とあいまって、まさにモデルのようだった。

 金髪は水泳帽でまとめてあった。


「苦無君、どうしたの?」


 彼女に見とれていたボクは、そう声をかけられ、慌てて目をそらした。


「私、泳げないんです。苦無君、教えてくれる?」


「う、うん、いいよ」


 彼女の両手を取り、プールの中をゆっくり後ろ向きに歩く。

 青い目で下からじっと見つめられ、ドキドキしていると、プールサイドから甲高い声が飛んできた。


「あーっ! ケイト、あんた、なんてことしてんのよ!」


 そこには、紺色の水着を着た、堀田さんが立っていた。


「苦無君、そいつって水泳すごく得意なんだよ!」


 堀田さんの声に、ケイトさんから舌打ちの音がした。


「あんた、『スコットランドのドルフィン』って呼ばれたことがあるって言ってたよね!」


「なんで、バラすのよ! せっかく苦無君といい雰囲気だったのに!」


「なんて姑息なことしてんのよ! 早く手を離しなさい!」


 堀田さんからそう言われ、ケイトさんは、さも嫌そうにボクの手を離すと、プールの中に立った。


「なに、そのダサい紺色の水着」


「だ、ダサくなんかないわよ! 借りられるのがこれしかなかったの!」


 ケイトの言葉に、堀田さんは顔を赤くして怒っている。

 紺色の水着がダサいとは思わないが、それはちょっとスクール水着っぽかった。


「く、苦無君、こっち見ないで!」


 堀田さんが、プールサイドでうずくまったので、そちらに背中を向ける。

 すると背後でバシャンと水音が聞こえた。


「このオタマジャクシ!」


「なによ、姑息こそく蜘蛛女!」


 バチャバチャ水音がするので振りむくと、水の中で二人が取っくみあいを始めていた。


「あのう、お客様……」


 ホテルの人だろう、水着の上にパーカーを羽織った若い女性が、プールサイドに立っていた。


「なにかお困りでしょうか?」


 彼女は、腕を組みあった二人に話しかける。


「あっ、な、なんでもありません! この子が泳げないって言うから、教えてただけです!」


 ケイトさんが、苦しい言いわけをしている。

 

「あわわ(ぶくぶく)……!」


 堀田さんは、いつものセリフを言いながら、水の中へ潜ってしまった。

 せっかくのプールなんだから、二人には仲良くしてほしいな。

 

 

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