第45話 妄想する少女と悪意の少年


 うわー、イギリスまでついてきちゃった!

 空港でのこと、失敗しちゃったなあ。

 飛行機に乗ってる時は、苦無君の見張りで少しも気が休まらなかったから、到着したとき疲れきってたのね。 

 でも、意識を失いかけたとき、誰かに抱かれたような気がした。

 あれって苦無君がお姫様だっこしてくれたのかしら。きっとそうだわ。


 そして、ここは苦無君と同じホテル、しかも隣部屋なの。

 しかも、部屋と部屋を隔てるドアを開けるカードが私の手にある。

 うふふふ、彼の寝顔が見てみたいわ。


 それにしても、お姉さんのひかるさん、噂どおりの凄い美人だった。

 スタイルもあんなにいいなんて、神様は不公平だわ。

 そして、お母様。

 伝説の女優だってことは、上京する以前から知ってたけど、ほんと飾り気のない素敵な方だわ。

 いかにも、平凡な顔に見えるようにお化粧で隠してるけど、私はごまかされないわよ。

 久しぶりに会ったお父様も優しかったなあ。

 お医者さんの手配までしてくれたのは、有難迷惑だったけど。


 タクシーに乗った時、隣でロンドンの街を眺めている苦無君の横顔、素敵だったなあ。

 思わずすべすべの頬にキスしたくなっちゃった。

 あ、私、はしたないかな。

 でも、今夜はすぐ隣の部屋にいる王子様を夢に見たって許されるわよね。 


 ◇


 ヒースロー空港で、荷物の積みおろしをしている職員がコンテナの異常に気づいた。


「おい、これ見ろよ、ジェームズ!」


「ああ、なんだ? おい、どうしたってんだ、こりゃ!?」


 コンテナは壊れにくいように角が補強されているのだが、ハンドライトで照らされたそれの一つがねじ曲がり壊れていた。

 そして、そこに繋がる側面の金属板がめくれ、中の暗闇がのぞいていた。

 

「こりゃ、普通じゃないぞ。どんな力が加わればこんなことになるんだ?」


「すぐランド主任に報告しよう」


「ああ、そうだな」


 コンテナの破損を調べていた二人の職員がその場を離れる。

 めくれあがった金属板の隙間から、一人の少年が現れた。

 彼が灰色のパーカーを着ているのと、すでに夜のとばりが降りているため、誰も彼に気づいていない。

 少年は、フードを被ると異様な姿勢で走りだした。

 それは人というより、四つ足歩行の獣に似ていた。

 

 飛行中、気圧と温度が下がる貨物室の中で少年がどうやって生きのびたか、それを尋ねるものは誰もいなかった。

 

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