第15話 追跡少女

 クラスで「おだんごちゃん」と呼ばれている少女堀田は、こと苦無のことになると、思わぬ大胆さを発揮する。

 休暇前、苦無から家族旅行の話を聞いた彼女は、興信所まがいの手法まで使って、彼の旅行先を詳しく調べあげた。


 切田家が泊まっているホテルの部屋、その真下の部屋に宿泊した少女は、その夜、ベッドに横たわると、眠るまでぶつぶつと小声で何かつぶやいていた。


「私の上に苦無君、苦無君の下に私、うひゅひゅ~」


 それは、お目当ての少年が聞けば、どん引きするセリフだった。


 ◇


 次の日、黒服から苦無がホテルを出たとの連絡を受けた彼女は、すぐにその後を追った。

 そして、美術館では、苦無が絵を見ているのを少し離れて観察していた。

 展示された絵画について、この日のために徹底的に調べた彼女は、すでに下手な学芸員より詳しくなっていた。


「あ、それはルノワール後期の作品で……」


 そんなことをつぶやきながら、視線はぴたりと苦無をロックオンしている。

 エルグレコの絵一つだけが掛けられた部屋で、絵に見入っている苦無の横顔を目にすると、彼女は天にも昇る気持ちだった。


「苦無君と名画のツーショット、あわわわわ……」


 そして、本館、分館、別館と、三つの建物を見終わった苦無が、彼の父と一緒に木造の東屋で休憩しているのを植え込みの陰から眺めることになった。

 吹きぬける風が気持ちよいのか、板張りの床に腰掛けた苦無が目を細める。

 こめかみの辺りに浮かんだ汗が、つつうとその頬をたどり、顎へ流れる。


 それを目にした少女は、無意識に足を踏み出すと、少年に声を掛けていた。


「苦無君」


 その行動にぎょっとした黒服が、彼女を引きとめようと近づきかけたが、苦無がそちらを向くと植え込みの陰に素早く隠れた。


「あれ? 堀田さん?」


 私、何してるの! 

 見てるだけでよかったのに!

 どうしよう!


「どうしたの、こんな場所で? 堀田さんも観光?」


 そんなこと、答えられるわけない!


「あわわわわ」


「苦無、お友達の妹さんかな?」


 苦無君のお父さんのセリフが、私の心にぐさりと突きささる。

 この容姿のせいで、高校生なのに、時に小学生と間違えられてしまう。


「父さん、堀田さんは、ボクのクラスメートだよ」


 いつも甘く聞こえる苦無君の声が、今は天使のそれに聞こえる。

 頭の中に、さっき苦無君が見ていたエルグレコの絵が浮かんだ。

 苦無くんは、やっぱり天使なの?


「あの黒服の人は、お父さん?」


 えっ!? いきなりヤバイ! あんた、ちゃんと隠れてなさいよ!


「ち、ちやう、違う! 違います!」


 ほら! あせって噛んじゃったじゃないの!


「喉が渇きました。どうです、あなたも一緒にお茶でも飲みませんか?」


 おお! 天使のお父様は、やはり神様ですか!


「ひ、ひゃい、ぜひ!」


 こ、これで、自然な感じで苦無君と――


「人出が多いから迷子になってもいけない。苦無、手を繋いであげなさい」


 お父様は、やっぱり神様です!

 私の心の叫びを、そこまでお聞きとどけくださるとは!

 えへへへ。


 苦無君と手を繋いじゃった!

 この前に続いて二回目!

 もう最高ー!

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