キレッキレ家族

空知音

第1話 キレッキレ少年

 ボクの名前は「切田苦無きれたくない

 なんでも、古武術好きのおじいちゃんが、「苦労がないように」という願いを込めて付けてくれたらしい。

 でも、調べてみると、苦無くないって手裏剣の一種らしいんだ。ホント、おじいちゃんのセンスを疑うよね。

 おかげでクラスが変わるたび、名前のことでからかわれるんだ。

 こんなふうにね。


「おい、クーナイ、お前、変な名前だな!」


 馴れ馴れしく肩に腕を載せてくるこの人は、坂崎君。いわゆる不良だね。学生服の前をいつも開けているんだ。衣替えが終わったから、今はシャツの前を開けて生っ白い胸を見せてる。

 そこに見えているチェーンには、銀のドクロがぶら下がってる。どういうファッションセンスしてるんだろう。


「おい、それより、お前の姉ちゃんって、ひかるさんなんだって? 俺に紹介しろよ!」


 またこれか。

 この手の人は、いつも同じセリフなんだよね。

 ボキャブラリー、ほんと少ない。


 坂崎君は、黙って廊下を歩きだしたボクにからんできた。


「お前の姉さん、芸能事務所からのスカウト断ってるってホントか?」


 確かに、姉さんは、あちこちの芸能事務所から声を掛けられているが、それを君に話す必要なんてないよね。


「おい! 聞いてんのか、おめえ!」


 坂崎君の口調が荒くなる。

 あー、これは危ないなあ。

 えっ?

 ボクじゃなくて、坂崎君が。


「へへへ、これ見てみな!」


 目の前に何か突きつけられたけど、近すぎて見えない。

 

「おい、見えねえのかこれが!」


 だから、近すぎて……あれ、これお姉ちゃんの写真だね。

 高校のプールで撮ったやつかな、スクール水着だから。


「ひかるさんって、グラビアアイドルよりスタイルいいよな~。

 こうするとなんかいい匂いがする気がするぜ」


 坂崎君は写真に鼻をつけ、クンカクンカ嗅いでいる。

 変態だ。

 この人、完全に変態だね。

 それに、そんなことしてると――


 プツン


 頭の中でそんな音が響く。

 まあ、当然、こうなるよね。

 もう、ボクは知らないよ、どうなっても。


「おい、話を聞け――」


 ドン


 後ろ向きに歩いていた坂崎君は、廊下の角で誰かとぶつかってしまった。


「誰だ、おめえ?」


 太い声。聞きなれた声だけど、ホントにこの人、中学生?

 身長も百八十以上あるんだよね。筋肉の塊だよね。


「あっ、苦無君じゃないですか? お姉さん、お元気ですか?」


 あれ、太い声が、急に細い声になっちゃった。


「ええ、元気ですよ、坂東ばんどうさん」


 坂東さんは、三年生でこの学校の番長さんだ。


「こいつ誰なんです?」


「クラスメートの坂崎君です」


「ふうん、あれ? こいつ、なに持ってやがる?」


 坂東さんが、坂崎君の手から姉さんの写真をひったくる。

 その勢いで、坂崎君は廊下に倒れてしまった。


「こ、これはっ!?」


 坂東さんの顔がまっ赤になる。まるで赤鬼だね。


「苦無君、俺、コイツと話があるんで。じゃあ、ひかるさんにくれぐれもよろしく」


 ボクの手に姉さんの写真を載せた坂東さんは、急に元の太い声に戻った。


「おい、おめえ、坂崎ってのか? ザッキーって呼ばせてもらうぜ」


 坂崎君は、シャツの襟首を掴まれ、転んだ姿勢から無理やり立たされた。  


「おい、ザッキー君よ、ちょいと校舎裏で遊ぼうぜ」


 坂東さんは、丸太のような太い腕を坂崎君の肩に載せている。

 それは、さっきまで坂崎君がボクにしていたのとピッタリ同じ姿勢だった。


「坂東さん、さようなら」


「まったねー、苦無君」


 坂東さんのやけに高い声を背に、ボクはその場を後にした。




【因果反転】 

 切田きれた家の長男苦無に宿る異能。他の家族の能力と異なり、対象を選べない。

 発動条件は、強い感情の発露。





 

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