第16話 これまでの事

 気を失っていた原因が空腹だったとは…………。


「ふー。ごちそうさまでした」

 両手を合わせてそう呟く御子柴みこしばに早速だがこれまでの事を聞く事にしよう。


「あの日からの事を教えて欲しい。何があったんだ?」

「んー俺の方も聞きたい事があるけど、まずは助けてもらった事だしこちらの話からするか」

 そう言って御子柴みこしばは座りなおす。

「まず最初にあの日の夜に盗賊が出たんだ。君らは盗賊迎撃に真っ先に出て倒されてしまったと藤堂先輩に聞いたんだよ。君らほどの人が真っ先に倒されたとなると俺らじゃ手に負えないし手近な荷物だけ持って必死に逃げたよ。運がいい事に街の近くまで来た辺りで日が昇り始めて、たまたま出かける予定だった冒険者エーベンターリアに身振り手振りと片言の公用交易語トレディアで説明したのさ。その冒険者たちって言うのが俺らを助けてくれた冒険者エーベンターリアさんたちだったから話が通じやすくて助かったよ」

 いったん話を切った御子柴みこしばから目を離し師匠へと向ける。僕の視線に気が付いた師匠は首を振った。

 実は念のために師匠に御子柴みこしばが嘘をつく可能性を示唆し、それが判る方法がないかと相談した結果【虚偽看破ファゾム・ライ】の魔術をかけて嘘や曖昧な表現など怪しい発言が出たら知らせてくれる事になっていた。首を振ったという事は御子柴みこしばの中では事実という事だ。

「その冒険者エーベンターリアさんたちは仕事に向かうところで方角も全然違うからって事で別れたんだけど問題はそのあとだったんだよ。お金がなくて街に入れてもらえなかったんだ…………。夕方になって門が閉まるころには30人くらい集まってたかな? ただ…………殿しんがりを務めた藤堂先輩たちは来なかったよ」

 この話にも嘘や脚色などはなかったらしい。師匠が首を振っている。

「惨劇はその日の夜にあったらしいんだ。今だから判るけど、街の衛兵セントリーが僕らを奴隷商人スクラブ・ディーラーに売ったんだ。金もない身元の怪しい集団がいるってね…………」

 そこで御子柴みこしばはため息をついた。

「あり得る話だな。人狩りトゥル・ジェンガーは身元不明の人物を奴隷商スクラブ・ディーラーに売って生計を立てている。冒険者エーベンターリアの中にも副業でそういう奴らが居るんだが…………それで売られた先から逃げ出してきたのか?」


「いえ、恥ずかしい話ですが何人かを囮にして逃げ出しました。それからあてどもなく彷徨さまよいお腹が空けば村から食料を盗んで5日くらい流離さすらっていたら港に着いたんです。また売られるかもしれないと思って事前に村で小銭をくすねておいたんでそれで街に入りました」


 その頃の僕らは師匠に蘇生されてまだ意識が戻ってなかった頃だろうか?どっちがより不運だったんだろうねぇ?


「その港湾都市で偶然にも何人かと合流できまして、とりあえず大陸に渡ろうと思って事で密航したんです。行先も分からないけど荷物の多そうな船に乗り込み船倉の奥に隠れました。運が良かったのか5日間見つからずになんとか港に着いたんです」


「だが、荷物を下ろす際にどうやって逃げ出したんだ? 船倉だとほぼ袋の鼠だろう? また仲間を囮にしたのか?」

 そう言ったのは健司けんじだ。これまでの話でやや憤っている感じのようだ。

すめらぎの想像通りだよ。合流した面子は六道りくどうの取り巻きの女子でさ。船員セイラーがそっちに気を取られている隙に海に飛び込んだんだ。幸い追いかけられることもなく気が付いたら小さな漁村で気を失っていたのを保護してもらっていたよ」


「俺は御子柴みこしばとは組めないな。何かあれば俺らも囮にされそうだぜ」

 健司けんじはそう言うともう興味はないとばかりにゴロリと横になる。

「だけど! 我が身を大事にして何が悪いんだよ! あいつら俺を売る算段してたんだぞ! それだけじゃない! 小鳥遊たかなしだってあいつらに————」

 言いかけて自らの口を押さえる。

「知ってる。その話はいつき君にも話したし、先生にもお世話になったから…………」

 師匠にお世話になった? 

 蘇生の話だろうか? 

 それともまた僕が何も知らないだけ?

 ま、それは後にしよう。

「まとめると藤堂さんの嘘でみんなが逃げ出した。御子柴みこしばが今ここに居るって感じでいいのかな?」

 僕のざっくりとした確認に「それで間違いない」と御子柴みこしばが返事をする。

「その後はどうしてた? 漁村に流れ着いたんだよね」



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


「これまでの話をまとめると、漁村で数日とはいえ世話になった漁師宅から服と金品をかっぱらって王都ルートのまで彷徨さまよったら藤堂先輩らが贅沢装備でうろついているのを目撃して、無性に怖くなって何故か逃げ出したと…………。それで彷徨さまよっているうちに空腹で倒れて巨大蟻ジャイアントアントの餌になりそうになったわけか」

 四半刻30分あたり御子柴みこしばの話を聞いてざっくりまとめてみた。情報としてはそうだろうなといった内容であった。なんにしても未知の大地でよくここまで逃げてこれたもんだ。

 一度師匠の方を見て確認すると首を振ってるので嘘は言ってない。

御子柴みこしばくんは、これからどうするの?」

「出来れば一緒に行動させてほ————」

「ダメだ! 俺は認めない。こういう奴は何度でも平気で裏切る」

 横になっていた健司けんじがそう叫んだ。

「元の世界に戻るにしても残るにしてもすぐには無理だ。残るのであればこの世界で生計を立てるための技術が必要になるし、一緒に生活して納得が出来ないのであればその時は放逐すればいいだろう。流石にこのままだと死んでしまうぞ」

 そう師匠にさとされ、しぶしぶとだが健司けんじも了承した。

「明日は早朝から訓練を開始するからさっさと寝ろ。今日だけは俺が見張っててやる」



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 特に事件もなく一週間一〇日が経過した。

 日の出とともに起床し、柔軟をした後は健司けんじ魔戦技ストラグル・アーツの初歩訓練として、体内保有万能素子インターナル・マナ魔力マーナに変換する作業を延々と行い、和花のどかは精霊との交信コンタクトを確実にするために瞑想し、御子柴みこしばは訓練初日に師匠に才能を見出されて周辺の探索を行っている。師匠に言わせると斥候スカウト向きとの事だ。僕はと言えば…………延々と片手半剣バスタードソードを振っているだけである。

 師匠の助言で武器を広刃の剣ブロードソードから片手半剣バスタードソードへと切り替えたのである。


 あまり美味しくはないがライ麦パンラグリーブ硬乾酪ハードチーズ干し肉チャルケで朝食を済ませてからは本来の仕事である薬草摘みに出かける。師匠の指示で依頼の品以外にも何種類か採取しておく。他の採取依頼があった場合にすぐに依頼完了できるので余裕があるなら覚えておいて採取するといいと言われた。いま採取しているモノは乾燥させて使うモノなので少しくらい時間が経過してても問題ないそうだ。


 朝食と同じメニューの昼食を済ませてからは飛び道具ミサイルウェポンを片手に狩猟という名の夕飯確保兼山歩きなどの野外行動の訓練である。獲物が採れないと朝食と同じメニューになる為とにかく必死で狩った。兎などが見つからない場合は水辺で魚を確保したり、食べられそうな茸類や根菜を掘ったりする。

 同時に魚や動物の捌き方も教わる。精神的に解体はきついとか思ったけど、数日すると慣れるもんなんだね…………。

 お昼過ぎから日没近くまでの時間は狩りの時間でもあるが同時に戦闘訓練の一環でもある。実際に何度か遭遇エンカウントして戦闘になった。

 主に巨大蟻ジャイアントアントだったが蛸モドキシャム・オクトープスの時もあったし、巨大甲虫ジャイアントビートルや単独でうろついいていた巨大胡蜂ジャイアントホーネット等もいた。戦闘自体は楽なものでなく、御子柴みこしばが毒針で危うく死にかけたりしたけど、倒すことによって得られる万能素子結晶マナ・クリスタルによって薬草採取の報酬より儲かりそうだ。


 日が沈む前に野営の準備を始める。薪を大量に確保できないので煮炊きが終わったら消火して後は月明かりを頼りに活動する。角灯ランタンの油の量にも限度があるのだ。


 見張りは師匠を抜きで2人組となり早番と遅番で交互にローテーションで対処した。だが、慣れない事で気が付いたら居眠りしていたりして、朝起きたら傍で巨大蟻ジャイアントアントが地面に串刺しになってたりして、師匠に散々怒られたりもした。やっぱりどこかで甘えてるのかもしれない…………。


 薬草なども十分確保したし、流石に僕らの汚れ具合も酷いので一度帰ろうという事になった。一応水場で洗濯したりはしたんだけどね。


「今更って気がするんですが、戦争どうなったんでしょうね?」

 初日に軍隊を見たけどあれ以来それどころじゃなくてすっかり忘れてた。

「せいぜい国旗が変わってるくらいさ。この東部域じゃ一年立たないうちに何度か国旗が変わるところなんていくつもあるからな」

 もしかしたらこの間見た国旗と違う国旗が立ってるかもしれないぞとも言われた。

 山を下りていてふと思い出したことがある。

「ルートの街に藤堂さんがいるって事はもしかして遭遇しちゃったら気まずいんじゃ?」

「そこは落とし前をつけなければ、だろ?」

 僕のボヤキに健司けんじがそう突っ込んだ。記憶が飛んでいるせいか確証持てなくてつい消極的な対応になってしまう。


 夕刻にはふもとの村に到着しここで一晩泊ってからルートに帰還して組合ギルドに報告という流れになりそうだ。

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