九十八話

 暗黒卿がおもむろに手をやり兜を脱いだ。

 隣にいたアカツキはその素顔を見て驚愕し、名前を呼んだ。

「ズィーゲル!?」

 暗黒卿、いや、隻眼の男ズィーゲルは穏やかに微笑んだ。

「暗黒卿がズィーゲルだと!?」

 アカツキが言うと明朗な声でズィーゲルは応じた。

「騙すつもりは無かった。だが、仇である我と距離を置かずに話しかけてくれるアカツキ将軍、お前が好きだったのだ。我はお前をいつの間にか息子のように思っていた」

 アカツキも心中を吐露した。

「俺もだ。暗黒卿であるお前をいつの間にか慕っていた。ズィーゲルにも父や師の様な温かみを感じていた」

 するとズィーゲルは微笑み、表情を引き締めた。

「下がっていろ、アカツキ」

 アカツキは言われた通り十歩ほど下がった。

「我が生み出し最強の駒、ズィーゲル! 貴様までも反旗を翻すか!?」

 闇の闘神カーセスが怒声を漲らせ言った。

「運命神の采配に乗ったまでのことだ」

 ズィーゲルが答えるとカーセスは斬りかかって来た。

「ならば、消えるが良い! 貴様を消し、我に忠実な新たなる手駒を創るまでだ!」

 激しい風切音と共に巨大な剣が振るわれる。

 ズィーゲルは両手剣デモリッシュで打ち合った。

 両者が競り合い、再び打ち合い、また競り合って、打ち合う。

 デモリッシュは簡単には圧し折れなかった。

 巨剣とぶつかり合い、火花を散らし、あるいは圧倒している。

 カーセスが焦っているのがアカツキには伝わってきた。

 この場を制圧しているのは暗黒卿、いや、ズィーゲルの方だった。

 膂力も腕力も剣術も神を凌駕している。

 と、ズィーゲルの一撃が神の剣を跳ねのけた。

「しまっ!?」

 神は驚愕の声を出したが遅かった。

 開いた腹部にデモリッシュが深々と突き刺さる。

「くっ、おのれ!」

 カーセスが激高し剣を振り下ろすがズィーゲルは剣を引き抜き避け、大きくデモリッシュを薙いだ。

 闇の闘神カーセスの胴が分断された。

「ぐごがっ!?」

 カーセスの上半身と下半身が緑色の血を噴き上げて倒れる。

 ラルフがアカツキに戟を渡した。

 アカツキはズィーゲルの側に寄った。

「愚かなり、光と手を結ぶなど笑止なり」

 カーセスは血を吐きながら言った。

「貴様らは盤上の駒と言ったな。光の子、暁、貴様もまた神の手の平の中で操られていたに過ぎぬ。そう、そこにいる運命神サラフィーにな」

 カーセスが指差す先にはガルムがいた。

「クククッ、サラフィー、運命神よ、我らを斃して、我らの創った世界を手に入れて満足か?」

「ええ、大変満足ですよ」

 ガルムは笑顔の道化の仮面の下で言った。

「小憎らしい運命神め……最後に勝つのはお前だったか……」

 カーセスの身体が消滅した。

 そして誰もがガルムを見た。

 アカツキは尋ねた。

「ガルム、お前が運命神サラフィーというのは本当なのか?」

「ええ、そうです。私が運命神サラフィーに間違いありません」

 悪びれる様子もなく含み笑いを漏らしながら相手は答えた。

「俺もお前に操作されていただけなのか?」

 アカツキは問う。

「そうです。あなたは私の申し子」

「何故だ? 何故、お前は光と闇に和を結ばせようとしたのだ?」

「私は本来、いたずらで運命を変えてきました。ですが、この世界でのいたずらも飽きたのです」

「ちょっと待って!」

 レイチェルが声を上げた。

「何です、レイチェル?」

「マゾルク! いえ、サラフィー! あなたがクレシェイドさんにしたことも単なる遊びだったと言うの!?」

「ええ、そうですよ。お遊びの一環です。彼は運命に抗い私に勝ちましたがね」

 その途端、レイチェルの握る山刀が怒りで揺れた。

「私は、あなたを許せない! だけど、アカツキ将軍の言う様に、何故、光と闇を調停させたいだなんて思ったの?」

 その言葉にガルムは含み笑いを漏らして応じた。

「憐れに思えたのです。神々に定められた運命に翻弄され、生き死に、喜び憎悪する地上の子供達がね。もう、この世界は解放されてもやってゆけるでしょう。ふと、そう思い付いたのです。全て気まぐれですよ」

 アカツキは怒りは覚えなかった。

「ガルム、お前はこの後、どうするつもりだ?」

 アムル・ソンリッサが段を下りてきて問い掛けた。

「アムル。長い間お世話になりましたね。私は帰るべきところへ帰り、新たな世界に再び運命を齎すだけです」

「また世界を神々から解放して回るのか?」

 アカツキは尋ねた。

「そうとも限りません。かつてこの世界にいたクレシェイド、いえ、血煙クラッドらの運命を弄んだように、いたずらに生物の生を狂わせるかもしれません。運命神とは気まぐれなのですよ」

 するとガルムの周囲を淡い白い光りと黒い光りが足元から渦巻くように包んだ。

「神々も消滅し、あるいは離れ、この世界の舵はあなたがた一人一人に委ねられました。重く責任を感じて良い生を終えられるよう祈っております。それでは、良い人生の旅を。またどこかでお会いしましょう」

 ガルム、いや、運命神サラフィーは姿を消した。

 一同はキツネにつままれたような顔をしていた。ズィーゲル以外。ズィーゲルは兜をかぶり暗黒卿となった。

「アムル、玉座へ戻れ。光の国と未来永劫続く同盟を結ぶのであろう?」

「そうだな」

 アムル・ソンリッサは玉座へ戻った。暗黒卿が一段下におり、グラン・ローが下座に戻った。

 そこで再び空気が引き締まり、下座のアカツキ達は並んで調印の様子を見ていた。

 アムル・ソンリッサは小刀で己の親指を傷つけ書面に血判を押した。

「終わった。あとはアラバイン王の確認をいただくだけだ。再び行ってくれるな、アカツキ?」

「お任せ下さい」

 アカツキは敬礼していた。

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