九十七話

 風の唸りと共に下座と上座の段の中腹に現れたのは、身の丈三メートルほどの大男だった。

 髭こそないが赤い髪の厳めしい顔つきをし、片手に大きな、いや、巨大な剣を手にしていた。

「我が名はカーセス。闇の闘神なり」

 低い声が部屋中に響き渡った。

 カーセスは胸当てをし、腹は開いていた。魔族と同じ緑色の肌をしている。

「我が子、アムルよ」

 カーセスはアムルを振り返って言った。

「その書状を破り捨ててしまえ。そして小賢しい光の神々が消えた今こそ、彼の地に打って出て併呑すべし」

「断る」

 アムル・ソンリッサは玉座に座ったまま凛とした声で応じた。

「私は光の者達と共に生きてゆくことにしたのだ。お前達、神々の盤上の駒となって互いに血を流すことには辟易した」

「ならば、お前に変わる適任者を探し、彼の者にこそ我が加護を授けるのみ」

 グラン・ローがアムル・ソンリッサを護る様に立ち盾を向ける。

 カーセスがアカツキ達を振り返った。

「憎むべきは汝ら光の者ども。よくも我が子達を――」

 アカツキは咆哮を上げ戟を振り上げて段を駆け上がった。

 戟と巨剣がぶつかり合い、火花を散らす。

「闘神カーセス、その首貰うぞ!」

 アカツキは戟を振るう。幾度も幾度も武器はぶつかりあった。

「ぬえええいっ!」

 カーセスが剣を下段から振り上げる。

 掬いあげられるように戟がからめとられアカツキは弾き飛ばされ、背が天井にぶつかった。

 凄まじい力だ。アカツキは降下しながら背骨と肩の後ろが痛むのを感じた。

 下でカーセスが待ち構えている。

 そこに矢が打ち込まれた。一本目は鉄の矢、レイチェルだ。後は金時草が連射した。

 山内海が突っ込み、ペケさんが躍り掛かる。

 ペケさんは打ち払われ、そのまま山内海とカーセスの剣が激突した。

「ペケさん!」

 アムル・ソンリッサが声を上げた。

「おのれ、よくもペケさんを!」

 アムル・ソンリッサが立ち上がり剣を抜いたが、グラン・ローが必死に押し止めた。

「今、この闇の世界を治める器量のある君主はあなたを置いて他にはおりません! 陛下、おとどまりを!」

 アカツキはカーセスの背後に回り、その肌が露出している無防備な背中に向かって戟を繰り出した。

 だが、巨剣が急旋回し、前方の山内海と後方のアカツキを弾き飛ばした。

 アカツキは暗黒卿に受け止められたが、山内海は壁に頭から激突し、崩れ落ちた。

 金時草とレイチェルが矢で足止めしている。幾つもの矢がその腹に突き立っているがカーセスは気にする様子もなく段を下りて金時草とレイチェルに向かって行く。

「ちいっ、こいつはちとばかし……。大使殿、俺と心中してもらうぜ」

 金時草が小剣を抜いて言った。

「あなたにはもっともっとお若い方がお似合いよ」

 レイチェルは微笑んで強気の眼力を漲らせ山刀を左右に抜いた。

 その時だった。

「はああああっ!」

 剣を手にヴィルヘルムがカーセス目掛けて突っ込んで行く。

「アカツキ流! 最初の一太刀!」

 ヴィルヘルムの一撃はカーセスの剣に楽々受け止められた。

「愚かな我が子よ、すっかり光に毒されおったな」

「黙れ、黙れ! お前の子になった覚えは無い!」

 ヴィルヘルムが成長した剣の乱舞を見せるが、全てカーセスは受け止め、足蹴にされ、体勢を崩したところを……。

 ヴィルヘルムの命を刈り取る一撃を戟が封じた。

 アカツキは回り込み、ヴィルヘルムを護りつつ敵に向き合った。

「あ、アカツキ」

「良い攻撃だった。改めて、お前はもうお坊ちゃんじゃないな。立派な剣士だ」

 アカツキは親友であり弟子でもあるヴィルヘルムの成長した姿を見て嬉しくなりそう漏らした。

「ならば!」

「我々だって!」

 ラルフとグレイがアカツキを抜いてカーセスに挑みかかった。

「ちょこざいな!」

 ラルフとグレイが連携し、闇の神と打ち合っている。

「俺もあのぐらい動けるようになりたいな」

 ヴィルヘルムが溜息混じりに言った。

「いつかなれる。今は身の程を弁えて下がっていてくれ。俺はこれ以上、お前まで失いたくはない」

 バルバトスとリムリアの顔が脳裏を過ぎる。

「ラルフ、グレイ、下がれ!」

 アカツキは声を上げると段の下に降り立った大男の神に向かって戟を繰り出した。

「また貴様か! 我が威光の前に恐れをなし底辺で這いつくばっていれば良いものを!」

「貴様の威光など微塵も感じないぞ、カーセス! 貴様はただの大男だ!」

 アカツキは戟を旋回させ、振り下ろし、果敢にカーセスを攻める。

「我を侮辱し、侮るとは許せん! これでも食らえ!」

 カーセスは武器の柄を両手で握り、振るってきた。

 受け止めた戟が弾き飛ばされた。

「さあ、どうする、光の子、アカツキよ?」

 アカツキは左手に斧を、右手に剣を構えた。

「どうするって、斬るだけだ!」

 咆哮を上げアカツキはカーセスに向かって言った。

 間を縫って金時草の精密射撃がカーセスの手の平に突き立ったが、貫くことはできなかった。皮膚も厚いらしい。

 アカツキは斧と剣を振るう。

 カーセスも両手で握った剣で受け止め応戦してくる。

 金属同士の衝撃音が鳴り響いた。

 どうにか無防備な腹を貫くすべはないだろうか。

 試行錯誤しながら嵐の様な巨剣を受け止める。

 だが、儚い音を立ててまずは斧が、次に剣が圧し折れ、飛んでいった。

「しまいだ!」

 剣が突き出される。

 アカツキの前に突如として人影が飛び出し、凶刃を弾いた。

「アカツキ将軍、見事な戦いぶりだった。今のお前はあのランガスターをも凌ぐだろう。後は我に任せて置け」

 大剣デモリッシュを手に暗黒卿が言った。

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