九十三話
王都から離れたところに霊園はあった。
古の数多くの英雄やあるいは優れた文官達が葬られている。
規則正しく並べられた墓石の群れの間を通り、一同は最近建てられた墓の前に佇立していた。
置かれた墓石には「バルバトス・ノヴァーここに眠る」と記されていた。
「太守殿、あと一歩です。あと一歩で光と闇の間に架け橋ができるところです」
一同を代表してアカツキがそう述べた。
できれば、あなたと共に新たな時代を迎えたかった。
アカツキは胸につかえる無念を心の中で呟いた。
一行はアラバイン王と謁見した際、アムル・ソンリッサの親書を渡して、翌日に王自らしたためた返書を受け取った。
「これには永続的な同盟を求める旨が記されている。私の血判は押された。アムル・ソンリッサ殿の血判が押されたとき、我らは親しき友になれる。大事な手紙だ。今まで以上の大任だ。くれぐれもよろしく頼むぞ」
アラバイン王はそう言った。
その同盟を締結する親書は今はレイチェルが持っている。
アカツキはバルバトスの墓に一礼し、一行を振り返った。
「行こうか」
全員が頷いた。
二
もはや見慣れた光景が広がっている。ヴィルヘルムに至っては次にどの町があるのかさえ把握してしまったようだ。
護衛は全員馬に乗っている。列の先頭をアカツキと山内海が行き、左をリムリア、右をラルフ、しんがりにペケさんに乗った金時草がいる。馬車にはヴィルヘルムとレイチェルが乗り、御者をグレイが務めている。
バルバトスの朗らかな声が聴こえてこないのが、道中残念だった。
と、アカツキは頭を振る。太守殿はもういないのだ。それを受け入れなくては……。
空は相変わらずの紫色で昼だというのに太陽すら覆い隠している。そんな薄暗い道だった。
不意に街道の真ん中に立っている人影にアカツキは気付いた。
勘が告げる。心臓の鼓動が早くなる。
神だ。
アカツキは全員に停止を命じた。
「人の子らよ、お主等の所業は許されぬところまで来ている。このワシ自らがお前達を滅殺し、魂そのものを掻き消してくれる」
相手が言った。老成しつつも良い声をしているがバルバトスほどではない。
「名乗ったらどうだ、戦神ラデンクスルト」
アカツキが応じると途端に相手はこちらに向かって手にしている物を投げつけた。
唸りを上げて短槍がアカツキ目掛けて飛んでくる。
アカツキは目を見開き戟を振るって短槍を叩き落としたが、戟の方も圧し折れた。
この一撃を忘れるわけがない。司祭に扇動された民衆と戦った際にどこからともなく敵陣から放たれたあの攻撃と同じだ。
アカツキは全身が怒りで燃え上がり言った。
「太守殿を殺したのはお前だったか」
すると戦神は冷笑した。
「殺す標的はお前だった。人の子、暁よ。そして分からんか? お前達は我々神がその遊びとして人の命を弄んでいると思っている。そこから抜けたつもりか? お前達もまた同じなのだ」
「どういうことだ?」
アカツキが鋭く尋ねると戦神は大声で笑った。
「だが、その運命もこれまで。神自身であるワシ自らが刈り取ってくれるわ」
戦神ラデンクスルトは深紅の外套の下から大剣を取り出した。
「暁、メイフィーナを殺害し、ギャラルホルンや多くの天使達を殺戮した罪は重いが、最後のチャンスをやろう。馬車にいる闇の者と、アラバインの馬鹿目が預けた書状を渡して貰おうか。さすれば――」
アカツキは馬から下り咆哮を上げて駆けた。
右手に斧を、左手に片手剣カンダタをそれぞれ抜き放ち、戦神に突進する。
「愚かな!」
戦神が言った。
剣と斧がぶつかり合う。
アカツキは歯を剥き出しにし戦神との競り合いに応じた。
ラデンクスルトは深紅の外套の下に鎧を着ていた。豪華絢爛な黄金色の鎧兜だった。
先程の涼しい顔は何処へやら、戦神ラデンクスルトもまた喉を唸らせて競り合いに応じた。
戦神といえば威厳のある顔か、厳めしい顔を想像し、人々の書き物ではそうなっていたが違っていた。顔色が違えばきっと端正な面影を残した老人の顔だっただろう。声すらもバルバトス・ノヴァーに似ているこの神をアカツキは斬り殺し、バルバトスの霊に捧げることを誓った。
同じタイミングで離れ、再び打ち合った。
斧だけでは支えきれず、剣も加えて競り合う。
そして離れる。と、ラデンクスルトが追い打ちを掛けて来た。
剣が風を切ってアカツキを捕らえようとするが、どうにか回避した。
アカツキも反撃する。斧を振るうとラデンクスルトは体勢を崩しながらも剣で弾いて来た。
その時、斧は刃の半分以上を分断され宙に散った。
アカツキは多少驚いて残った斧の残骸を捨てカンダタを右手に握った。
「そのような物などワシの前では木っ端以下に過ぎん」
ラデンクスルトが笑った時だった。
隣を物凄い踏み込みで山内海が通り過ぎ刀を抜き放った。
「抗うか!? 人の子、山内海よ」
「……抗う」
凄まじい刃の応酬だった。
「アカツキ将軍!」
ラルフとグレイが駆けて来る。レイチェルとヴィルヘルムも外に出ていた。
「ラルフ、グレイ、お前達は二人を護れ。俺が死んだら馬が潰れるまで駆けて駆けて闇の国まで行くんだ! どうやってでもヴィルヘルムとシルヴァンス大使は守り抜け! 良いな!?」
アカツキの声に二人の若き準将軍は敬礼して応じ戻って行った。
すると、接戦を演じていた山内海の刀が儚い音を立てて半ばから圧し折れた。
「フッ、言わんことではない、山内海、愚かな子だ! 貴様の魂はここで消える、永遠にだ!」
ラデンクスルトが剣を振り上げたその時、矢が幾重にも連射され、そのうち一本がラデンクスルトの首に突き立った。
「山内海、退け! ペケさん、頼む!」
金時草の声が轟くや、大きな白虎が地を蹴り、あっと言う間にラデンクスルトにのしかかった。そしてその左腕に噛みつくや、鎧の拉げる音がした。
「この獣めが! うっ!? 何だこれは、全身に力が入らぬ」
「ハハハッ、毒矢だよ、神様にも通用するとは思わなかった」
金時草が合流してきた。
ペケさんは噛みついたまま、甲冑を拉げさせ破壊し放り出す。そして剥き出しになった腕に颯爽と噛みつき、無慈悲に引っ張り、戦神の身体ごと振り回し、ラデンクスルトの悲鳴が上がる中、ついには引き千切った。
赤い血と共に腕が宙を舞う。
「おのれ、獣が!」
ラデンクスルトはペケさんを蹴り飛ばした。
ペケさんは宙で三回転し、見事に着地した。口からは血が滴り落ちている。
アカツキはラデンクスルトにとどめを刺そうといち早く動いたが、向こうの方が早かった。繰り出された一撃を弾き返し、宙を走る様に後方に退いていった。
「この世界は我々が創った! なのに我々が描いた筋書き通りにはさせぬと言うのか!? 運命神よ!」
戦神ラデンクスルトは相対する一同をギロリと睨みそう叫んだ。
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