九十四話

 戦神ラデンクスルトは失った腕の先から血を滴らせているが、それすら意に返す様子もなく大剣を片腕で振るった。

 金時草の矢が狙うがそれらを的確に弾き返した。

 神は怒りの形相でアカツキを見る。

「望むところだ」

 アカツキはカンダタを手に間合いを計り、咆哮を上げて飛び出した。

 気合の一撃はラデンクスルトの剣に阻まれた。

「打ち合うな! それ以上打ち合ったらいかん!」

 後方から珍しく山内海の大声が飛ぶ。

 だが、腐っても戦神。その剣さばきを避けるのはなかなかに難しくアカツキは三度、剣で受けた。

 そして四度目の衝突の時だった。カンダタは、ダンカン分隊長の形見の剣は、刃の半ばから圧し折れた。

 折れた刃が宙を舞い、そして地面に落ちる。

 戦神が笑い声を上げて剣を掲げる。

「終わりだな、人の子、暁よ!」

 すると矢による連射が行く手を阻みラデンクスルトに突き立った。中でも強烈な一本の鉄の矢が神の纏っている鎧を貫いていた。

 金時草とレイチェルが援護している。

 ペケさんがアカツキとラデンクスルトの間に入り、唸り声を上げて牽制している。

 カンダタは圧し折れた。

 アカツキは信じられない思いで刀身の半ばから失った剣を見詰めていた。

「アカツキ将軍!」

 後ろからリムリアの声がした。

 剣の柄を握るアカツキの手に小さな両手が重ね合わされた。

「折れたる剣よ、今一度、その光り輝く刃を取り戻せ!」

 リムリアが言った時だった。彼女の腕が透き通り始めた。

 アカツキは驚いて彼女を振り返り見下ろした。

 リムリアは笑顔だった。

 嫌な予感がした。

「リムリア、何をするつもりだ?」

「アカツキ将軍、あたしはこの剣の精霊。今まで大切にしてくれてありがとう。あたし、アカツキ将軍が大好きだったよ!」

 リムリアの顔が透き通り、やがて見えなくなった。

「剣が!?」

 ラルフの声がし、アカツキが見ると、カンダタが眩い光りを帯び、そして現れたのはまるで鏡の様な刀身を持った剣だった。

 ペケさんが悲鳴を上げて転がった。背を斬られていたが、まだ立ち上がる。金時草とレイチェルも矢が尽きたようだ。ラルフとグレイが駆け付けて来る。

「アカツキ将軍! 我らにお任せください!」

 ラルフとグレイが声を揃えて言った。

「無駄だ。若者達よ、刃を圧し折られるだけだ」

 山内海が止めた。

「そうだ、皆は手を出すな。ここは」

 アカツキは生まれ変わった剣を構え、ラデンクスルトに挑みかかった。

「ここは俺が!」

 剣と剣がぶつかりあう。

「最後の最後に面白い切り札だったが、我が剣ロストブレイクの前に勝てる剣無し! 貴様の死期が若干伸びたまでよ!」

 ラデンクスルトの強烈な一撃をカンダタは受け止めた。

「うぬっ!?」

 ラデンクスルトにも分かったようだ。アカツキも悟った。この新たな剣はそう簡単に圧し折れる代物ではないと。

「ゆくぞ、戦神! 戦争を遊戯として天から人を駒として操る事しかして来なかったお前に、その死線を潜り抜けて来た修羅の剣を見せてやる!」

 アカツキはカンダタを巧みに振るった。

 ラデンクスルトは慌ててついて来る。

 剣と剣が再び幾重にもぶつかり、周囲に剣風を巻き起こした。

 不意に雷鳴のような音が轟いた。

「ロストブレイクが!?」

 圧し折れていた。戦神の剣が刀身の付け根から失われていた。

「さらばだ、戦神!」

 アカツキは剣を振り下ろした。気合の一撃は庇いに入ったラデンクスルトのもう片方の腕を肘の付け根から分断していた。

「く、待て、人の子、暁よ! 神殺しがいかなる大罪かお前は考えたことが無いのか!?」

「神なら一人殺してる。それに命は等しいものだ。俺が斬って来た者達とお前の命、どちらもな!」

 アカツキは剣を力いっぱい薙いだ。

 戦神ラデンクスルトの首がゴロリと地面に転がった。血煙を噴き上げる胴体と共にそれは消えてゆき、後に残ったのは赤い溜まりだけだった。

 アカツキはしばし、それを見下ろした。

「やった! やりましたよ、アカツキ将軍! 戦神ラデンクスルトをあなたは見事に討ったのです!」

 ラルフが声を上げ、仲間達の微笑みを振り返った時だった。

 ピシリと音がし、アカツキは手に収まっていた剣を見た。

 刃にも柄にも細かな亀裂が幾重にも入っていた。それはどんどん亀裂同士合流し、大きな溝となってそして――。

「リムリア!?」

 音を上げて破裂した。

 砂粒の様になった剣の欠片が宙を舞い、あるいはアカツキの手から零れ落ちた。

「リムリア?」

 アカツキは周囲を見回し、名を呼んだ。

 彼女の姿はどこにも無かった。

 嘘だろう。

 アカツキの脳裏を彼女と過ごした日々が通り過ぎて行く。

 最後の声が過ぎった。「アカツキ将軍が、大好きだったよ」

 アカツキは膝をガクリと落とした。

 そして未だ晴れぬ天を見上げて叫んだ。

「リムリアアアアッ!」

 双眸から涙が滂沱と流れ出て来る。

 失ってから気付くものなのか、彼女がいかに俺にとって大きな存在だったのか。俺が不甲斐無いばかりに……あいつは俺にとって――。

 その時、天から一筋の稲妻が落ち大地から白い煙を立ち上らせた。

「そなたらの神へ挑む姿を見せて貰った」

 煙の中に影が見え、ゆったりとした低い声が聴こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る