八十四話
煌々と輝く燭台が照らす中、ヴィルヘルム達は急いでいた。
その間、警備の天使達と幾度もぶつかったが、バルバトス、山内海、金時草の活躍により、ものともせず、一直線に回廊を駆けて行った。
ヴィルヘルムの場合、軟弱な天使にさえ、剣では互角だった。自分が苦労して一人を葬った時には、既に周囲では戦いが終わり、仲間達はこちらの助勢にまで出ようとしてくれたところだった。
「ヴィルヘルム殿、貴公のアカツキ将軍を思う気持ちは分かった」
バルバトスが言った。
「ええ、あなたがおっしゃりたいことは分かっています。私は下がって、あなた方の後を追います」
ヴィルヘルムは応じて隊列の後方、金時草の隣に並んだ。
また天使が現れたが山内海が素早い踏み込みで居合を放ち、たちまちの内に三人の天使を胴から真っ二つにしたのだった。
その際、剣風で彼の黒装束が舞い上がったのだが、ヴィルヘルムは思わず驚いてしまった。
山内海の黒装束の下は服など無く、ふんどしと呼ばれる一昔前の下着一丁の姿だったのだ。
「山内殿、春もまだ始まったばかりだが、寒くは無いのか?」
「……心頭を滅却すれば火もまた涼し!」
「いや、それは言葉の使い方が違うような……」
黒衣の剣士のはっきりとした口調にヴィルヘルムは大人しく引き下がった。
やがて黒鉄色の扉が見えてきた。
ヴィルヘルムは緊張を覚えた。
金時草が弓矢を構え、バルバトスと山内海が扉を勢いよく開いた。
ヴィルヘルムは見た。段が設けられ玉座の様に華やかではない椅子に一人の男が腰かけているのを。
「どうやって我ら神々の領域に入り込んだのかは知らんが、再度皆殺しに行く手間が省けた」
「皆殺しだと?」
バルバトスが尋ね返す。
「貴様らの行いに、我が主、戦神ラデンクスルトはお怒りだ。私にアカツキ共々始末するように改めて命ぜられた。だから死ぬがよい! その魂はハザマの世界を通り越し地獄へ行くだろう!」
ギャラルホルンは大剣の柄を両手で握り駆けて来た。
山内海が同じく疾駆し、両者の得物がぶつかりあった。
金属が打ち合う音が広大な室内に木霊する。
「山内殿、頑張れ!」
ヴィルヘルムは己の入れぬ剣術の世界に悔しさを感じながら声援を送る。
バルバトスは次に出るように身構え、金時草は弓に矢を番えて狙いを定めていた。
「地上の下郎にこれほどの剣の使い手がいるとは」
ギャラルホルンが呻いた。
山内海の居合の連続は続いた。目に見えぬ速さで刀で斬りつけ、鞘に収めて再び斬撃を放つ。
そこへバルバトスが加勢に出る。
老将の渾身の一撃がギャラルホルンの纏う甲冑にぶつかった。
「ちっ」
ギャラルホルンは舌打ちした。
そこに山内海の居合が衝突する。甲冑がボロボロと少しだけ崩れ落ちた。
「おい、魔族の御貴族様」
戦いの様子を眺めながら金時草が口を開く。
「なんだ?」
「お前はアカツキと親しいんだったな」
「ああ、アカツキは俺の親友だ」
「親友ね。だったら美味しいところをくれてやるよ。俺が合図したら無我夢中で突っ込んで来い。一度きりだ。ビビるなよ」
金時草は弓を背中に掛けて小剣を取ると足音も立てずに駆け出し、一直線に目の前の戦いの場へ躍り込んだ。
急造の三人だったが、それぞれが熟練していて互いの呼吸を読んでいる。ヴィルヘルムにはそう思えた。そして金時草の言葉を思い出し緊張しながら剣を抜く。
この剣は高品質だが、名工が打った物とは程遠い。こいつで神の戦士を貫けるのか。
ギャラルホルンは三人の戦士に翻弄され、次々剣で打たれてゆく。
金時草がこちらに顔を向けた。
「今だ!」
その声と共にヴィルヘルムは咆哮を上げて剣先を突き出し、猛然と駆けた。
山内海とバルバトスがそれぞれ左右に下がり、金時草が跳躍して相手の後ろに回り込む。
ギャラルホルンと肉薄する。大きく目を見開き、ヴィルヘルムには見えた。ギャルホルンの甲冑の腹部が打ち壊され白い肌が剥き出しになっている。彼はそこ目掛けて腰だめに剣を構え突っ込んだ。
目を瞑っていたらしい。手応えがあり、目を開けた。
剣が鍔の部分まで敵の肉を貫き通していた。
「よ、四対一とは卑怯な」
「おいおい、今更かよ」
金時草が呆れたように敵に言う。
「アカツキを助けるためだったら何だってするさ! 俺は誇りさえ捨てられる!」
ヴィルヘルムはそう叫び、剣を敵の胴から引き抜き、アカツキ流の基礎動作の一撃で敵の首を刎ねた。
ギャラルホルンの兜首が転がり、胴体が真っ赤な血を噴き上げ、その雨の溜まりの中に沈んだ。
「おう、やったな」
金時草が笑いかけて親指を上げた。
「みんなのおかげだ」
ヴィルヘルムは応じて、四人は頷きあった。
「ガルム殿の話からすれば、これでアカツキ将軍を捕らえている牢の力が消えたということになるな」
バルバトスが言った。
「戦い自体は呆気なかったが、ここまで来るのに時間がけっこうかかった。剣を取り戻しに行った連中も戻って来てるだろう」
金時草が応じる。
「よし、それじゃあ、戻ろう」
「ちょっと待ちな」
金時草が言い、彼は血塗れのギャラルホルンの胴体を探って金属製の音がする何かを取った。
「何だ、それは?」
ヴィルヘルムが尋ねると相手は言った。
「鍵だよ。こいつがアカツキの牢の鍵を持っているかは知らないが、それでも念のためにな」
「うむ、うっかりしていた」
バルバトスが言った。
そして四人は部屋を後にしたのだった。
二
「あ、ヴィルヘルム様!」
リムリアが手を振り名前を呼んだ。
ヴィルヘルムは手を振り返しそして合流する。全員が無事なのを確認した。
「そっちは何かあったかい?」
ヴィルヘルムが尋ねるとラルフが興奮気味に答えた。
「ドラゴンがいたんですよ! 大きくて赤い! 炎も吐きました!」
その言葉にヴィルヘルム達は驚いた。予想外の敵だった。
「それで剣は取り戻せたのかい?」
「はい、剣も斧も鎧もばっちりです」
ラルフは担いでいた甲冑を見せた。剣はリムリアが持ち、斧はグレイが手にしている。兜はガルムだった。
「しかし、ドラゴンを前にどうやって取り戻したんだい?」
ヴィルヘルムの問いにラルフは苦笑いした。
「ペケさんと、レイチェル大使殿がおとりになっている間に皆で進みました。つまりドラゴンはそのままです」
「まぁ、良いでは無いか。全員無事だったんだ。恥じることは無い。己の器量と相手の力量の見極めができただけ戦士としては優秀だぞ、ラルフ準将軍」
バルバトスが褒めるとラルフは言った。
「いや、俺じゃなくてグレイの提案です。俺は竜殺しの称号が欲しかったんですがね。でも、無謀だと後で悟りました」
「それで良いんだ、ラルフ準将軍」
バルバトスが再び穏やかな口調で言った。
ヴィルヘルムは一同が静かになったのを見計らい、口を開いた。
「じゃあ、次はアカツキを助けに牢獄へ行こう」
「おー!」
リムリアとラルフが声を上げた。
だが、バルバトスと山内海と金時草が剣を抜いた。どうかしたのかと問いかける前にバルバトスが言った。
「退路を確保しておかなくてはならぬ。私と山内海は残ろう」
山内海も頷く。
「念のために俺も残る」
金時草が言った。
「いいえ、私が残ります。金時草殿は牢獄の開錠の仕方にも探索の方にも精通している方とお見受けしました」
グレイが持ち前の渋い声で言った。
「そうかい、じゃあ、任せる」
「よし、では行こうか」
ヴィルヘルムが言い、ラルフを先頭に一行は牢獄へと続く道を下りて行ったのだった。
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