八十三話

 仮面を被った赤装束の人物の言葉に一同は一瞬声を失った。最初に口を開いたのはリムリアだった。

「助けに行けるの!? アカツキ将軍を!?」

「ええ、その場所までは案内できます」

 ガルムが応じた。

「馬鹿な! 天だぞ!? 有翼人でも辿り着けないぞ!?」

 金時草が驚愕に目を見開いて言った。

 だが、ヴィルヘルムは察していた。このガルムは仲間で同じ主に仕えるが、今だ得体の知れないところがある。

「ガルム、案内してくれるんだな?」

 ガルム、お前は一体何者なのだ? という言葉を飲み込んでヴィルヘルムは尋ねた。

「そう申し上げましたよ。アカツキ将軍はきっと無限牢に捕まっているはずです。天の神々、この世界を司る残る光の神の一人、戦神ラデンクスルトが厳しい拷問をするでしょう。アカツキ将軍の身体が斬り裂かれる前に助けに参りましょう」

「行けるのなら直ちに行こうでは無いか!」

 バルバトスが力強い声を上げる。ヴィルヘルムはこの老将の若々しく生気漲る声が旅をしている間に好きになっていた。

「みんな、行こう!」

 ヴィルヘルムが一同を振り返ると、それぞれ真剣な表情で頷いた。

「では、行くとしましょうか」

 ガルムの声と共に空間が歪んだ。

「何だ、これは?」

 幾人かがそのように当惑する声が聴こえた。

 そして知らぬ間に目を閉じていたヴィルヘルムは誰かに肩を叩かれて目を開いたのであった。



 二



 聳え立つ石造りの居城。これほど物々しい牢獄があるとは思わなかった。

 ヴィルヘルムの肩を叩いたのはレイチェルだった。

 ここにアカツキが……。

「アカツキが傷つく前に助けに行こう!」

 ヴィルヘルムが声を上げると全員が頷いた。

「ですが、この門扉をどうやって打ち破りましょうか?」

 固く閉ざされている大きく重厚そうな門を見てグレイが言った。

 山内海が進み出る。

 彼は抜刀するや門扉を斬り付けた。

 そして刀を鞘に収める。

「……斬る」

 山内海はそう言った。

 だが、門扉は相変わらずだった。

「そりゃ、斬れるわけがないさ」

 金時草が溜息を吐いて言った。彼は壁を見上げた。

「この高さじゃ、忍び込むのも無理だな。道具も無いし」

 その時だった。

 門が内側から開かれた。

「皆さん、お揃いですね」

 ガルムがそこに立っていた。

「ガルム殿、どうやって!?」

 ラルフが驚きの声を上げる。

「それは秘密です」

 ガルムは笑顔の道化の仮面の下で笑うと言葉を続けた。

「あ、ちなみに見つかってしまったので戦いの準備をお願いしますね」

 ガルムの声が終わらないうちに天使共が鬨の声を上げてこちらへ猛然と向かってくるのが見えた。

「みんな、こうなったら正々堂々正面から行こう!」

 ヴィルヘルムは声を上げ、先頭を駆けた。

「侵入者め!」

「汚らわしい闇の者もいるぞ!」

「ギャラルホルン様の命令だ。全員殺してしまえ!」

 こうして両者はぶつかり合った。

 ヴィルヘルムは次々敵を斬り裂いていった。アカツキから教わった剣術を胸に正確に演出する。

 血が、悲鳴が舞い上がる。

 山内海と、レイチェルが、隣で戦っているが、二人の剣術は自分の上をゆくものだった。

 まだまだ稽古を重ねなければな。

 敵を斬り裂きながらヴィルヘルムはそう思った。

 ペケさんが天使の体を噛み砕く音が終わると、ようやくこの場に静寂が訪れる。先の方に入り口があった。

「行こうか」

 ヴィルヘルムは一行を先導し先へ進んだ。

 赤い炎が燭台に点り中は明るかった。

「あ」

 リムリアが言った。

「どうした、リムリア?」

 ヴィルヘルムが尋ねると彼女は応じた。

「剣の声が聴こえるの。カンダタのよ」

 カンダタは確かアカツキが大事にしていた剣だった。当然取り上げられて別のところにあるのだろう。ヴィルヘルムはしばし悩んで言った。

「リムリア、それは本当かい?」

「うん、あたし、剣の声が聴こえるんだ。道はこっち」

 リムリアが歩き始める。

 そして十字路に辿り着いた。

「剣の声は右から聴こえるわ」

 リムリアが言った。

 誰も剣など放って置けなどとは言わなかった。手に馴染んだ剣はもはや自分の分身のようなものだ。つまりはアカツキを助けに行くも同じことなのだ。しかし、十字路だ。ヴィルヘルムはガルムに尋ねた。

「それぞれどこに繋がっているか知っているか?」

「ええ。真っ直ぐがこの牢獄の主のいるギャラルホルンの場所に。左側が牢獄、右側が物資の保管場所です」

「ギャラルホルンは避けて通れないか?」

 ヴィルヘルムが尋ねるとガルムは頷いた。

「無理ですね。ギャラルホルンの魔力が牢獄を堅固にしています。彼の者を斃さない限り、アカツキ将軍には会えても牢獄は開きません」

 その問いを聴きヴィルヘルムは一同に言った。

「アカツキの剣、カンダタを取り返すのも重要な役目だ。リムリア、君は本当に剣の声が聴こえるんだね?」

「うん!」

 少女の様な女性は頷く。

「よし、だったらここで二手に分かれよう。ギャラルホルンを討つ部隊と、カンダタを取り返す部隊に」

 一同は頷いた。

「ギャラルホルンは強敵なのだろう? 私が行こう」

 老将バルバトスが名乗り出る。

「……俺も」

 山内海が応じた。

「物資の方にはさほど番人はいないだろう。俺もギャラルホルンを討ちに行く」

 金時草が言った。

 ヴィルヘルムは頷いた。

「よし、ではギャラルホルンを討つのは、俺と、バルバトス殿と、山内海殿、金時草殿で行く」

「おい、言っとくぞ。誰もアンタの面倒見てやれないからな」

 金時草がヴィルヘルムに向かって真面目な顔で言った。

「分かってるさ。隙が出れば加勢させてもらうよ」

 そしてラルフとグレイが不満気な顔をするのを見てヴィルヘルムは言った。

「そんな顔をしないでくれ。二人にはナイトになってもらう。ペケさんと共にリムリア嬢とレイチェル殿のことを頼む。ガルム、あなたもリムリアに力を貸してやってくれないか?」

「良いでしょう」

 ガルムが頷いた。

「それじゃあ、行動開始」

 ヴィルヘルムが告げると、リムリア側はラルフを先頭に階下を下って行った。

「参ろうか」

 バルバトスが言った。

「ええ、行きましょう」

 ヴィルヘルム達も頷き合い回廊を打倒ギャラルホルンを掲げて歩み始めたのだった。

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