七十話
白虎が目にも止まらぬ速さで腕を突き出すや刺客の一人の頭が破裂した。
そして白虎はそのまま体当たりし複数の敵を吹き飛ばした。
アカツキはその様子に見入っていた。
「……反撃だ」
アカツキの隣で山内海が言った。
そうだ、その通りだ。見惚れている場合ではない。
「いくぞ!」
アカツキと山内海は残る敵に向かって斬りかかろうとした。
「ここは俺とぺケさんで充分だ。お前達は前方の加勢に出向いてくれ!」
十六代目確かキンジソウと名乗った男が小剣を手に暗殺者達と渡り合いながらそう言った。彼は右目に眼帯をしていた。
前方は多くの敵が蔓延っていた。
王の信任厚く名高きバルバトス・ノヴァーをここで討ち取ってしまおうというつもりだろうか。グレイも祖父の隣に並んで、斧槍アークダインを振るっている。
だが、アカツキの心配は馬車の向こう側にあった。
「……前は任せろ」
察したのか言葉少なにイージアの男が言った。
「山内海……」
アカツキが驚く中、黒装束の剣士は黒い裾を翻し猛然とバルバトスとグレイの助勢に駆け付けて行った。
よし、ならば。
アカツキは馬車の反対側へ向かった。
刺客はこちらもまだまだいた。シルヴァンス大使を筆頭にラルフ、リムリアも頑張っていたがリムリアが技量不足で見ていられなかった。
アカツキは敵の横腹に突っ込んで斧を剣を振るった。
避ける者もいたが、少なくとも三、四人は斬り殺した感覚があった。
「アカツキ将軍、鬼のようだ」
ラルフが感嘆するように言うのが聴こえた。
「ああ、闇の世界じゃ悪鬼アカツキって呼ばれていたんだぜ」
馬車の中からヴィルヘルムが割れた窓越しに言った。
「ヴィルヘルム、お前は顔を出すな! 矢が飛んでくるかもしれん!」
アカツキは親友の軽率さに怒鳴った。こちらは本気で彼を護ろうとしているのだ。その対象が迂闊であっては困る。
「アカツキ将軍、斬り込めるかしら?」
「大使?」
「私とあなたで残りを一網打尽にしましょう。ラルフ君とリムリアちゃんにはここでヴィルヘルム殿の護衛に残ってもらって」
「しかし、あなたは大事な大使です。それにグレイの母君でもあります。危険な目には遭わせたくありません。俺一人で充分です」
するとレイチェル。シルヴァンス大使は不敵に笑った。
「今は他国の要人を護ることが我々の使命よ。さぁ、私に続いて!」
レイチェルが刺客に向かって駆け出した。
アカツキも慌てて後を追った。
剣が、斧が旋回し、流血の嵐を巻き起こす。
アカツキはレイチェルと並び、その腕前に舌を巻いていた。
前方だろうか、何処からか笛の音が鳴り響いた。
すると、暗殺者達は背を向け森の中へと消えて行った。
終わった。
正直、逃がしたくは無かったが、奴らの身軽な動きを前に体力の消耗は激しかった。
「終わったようだ」
バルバトスとグレイ、山内海が合流してきた。
「ラルフ!?」
グレイが声を上げた。
身体中に矢を受けた親友であり相棒の様子を見て、平素から冷静なグレイが驚愕の声を上げた。
「ラルフ君、大丈夫?」
アカツキと共に戻るとレイチェルも尋ねる。
「ええ、問題はありません」
ラルフは笑顔で応じた。
そして一行は、助太刀に現れた金時草と名乗った男の方へと赴いた。
そこには跳び散らかった肉片と血溜まり、屍でいっぱいだった。
「終わったようだな」
金時草が大きな体躯の白虎、ぺケさんと並んで待っていた。
「わぁ、虎さんだ!」
リムリアが嬉しそうに飛び出そうとしたがアカツキはその襟首を捉まえた。
「そいつは凶暴だぞ」
アカツキが言うと金時草は笑いながら言った。
「そんなことは無い。ぺケさんは大人しい虎だぞ」
リムリアがアカツキを振り切って駆け出し白虎の顎の下をくすぐった。白虎、ぺケさんは喉をゴロゴロと鳴らして目を閉じた。
「さて、援軍、かたじけない」
バルバトスが言うと金時草が頭を振った。
「王命だ。気にする必要は無い」
その時だった。ラルフが突然咳き込み、地面に片膝をついた。
「ラルフ?」
アカツキが思わず名を呼ぶと、ラルフは応じた。
「すみません、大丈夫です。ちょっと立ち眩みが、風邪かな」
アカツキは彼の鎧越しに突き立った矢を見て嫌な予感が過ぎった。
レイチェルが屈み込みラルフの額に手を当てた。
「酷い熱だわ。まさか、矢に毒が?」
アカツキの予感が的中した。
「とりあえず鎧を脱がせよう」
金時草が言い、アカツキも手伝ってラルフの鎧を脱がせた。
シャツを捲ると矢がラルフの身体に直接刺さっているのが明らかになった。その周辺の肌は青くなっていた。
金時草が舌打ちする。
「致死量の毒を盛られてるな」
「熱さましと、解毒剤を……」
レイチェルが馬車に戻ろうとしたとき金時草が止めた。
「少し痛むが我慢しろ」
金時草はそう言うとラルフの肉体まで突き刺さった三本の矢を引き抜いた。ラルフは悲鳴を上げなかった。
そして金時草は貝殻を取り出しレイチェルに差し出した。
「こっちは塗る特効薬だ。後は飲ませる特効薬がここにある。だが幾ら特効薬でも手遅れかもしれない」
その言葉にアカツキは絶望した。
レイチェルが血が溢れ出る傷口に軟膏を塗り止血してゆく。
金時草はラルフの顔を上げさせ、無理やり飲み薬を飲ませた。
リムリアが水筒を差し出し、ラルフは弱弱しいながらも受け取って飲んだ。
「こいつだけでも王都に引き返して静養させた方が良いぞ。この先の町へ行くよりは王都に引き返す方が近い」
金時草が言った。
するとラルフが立ち上がった。グレイがすかさず肩を貸す。
「俺なら大丈夫です。さぁ、出発しましょう」
青い顔で言う部下に対しアカツキは応じた。
「ラルフ、王都に戻って休んでいろ。またアムル・ソンリッサの親書を持って王都には来る」
だが、ラルフは頭を振った。
「嫌です。私も使節団として任を全うしたいです。途中で死んだら御迷惑かもしれませんが、生きている限り最後まで連れて行ってください。アカツキ将軍が何をしたいのか、はっきり分かります。それはとても素晴らしいことです。闇の中にもヴィルヘルム殿のような良い方だっています。そんな光と闇の架け橋という素晴らしい任務を、使命を、私はやり遂げたい」
ラルフが苦し気ながら強い口調で言った。
「どうなのだ、金時草殿?」
バルバトスが尋ねる。
「やることはやった。アンタら神様に祈るつもりは無いんだろう? だったらこの坊やのガッツ次第だ」
「どうするアカツキ?」
バルバトスがこちらを見て再び尋ねてきた。
アカツキは思案した。ラルフを失いたくはない。しかし、彼は己の使命に大きな責任を感じている。ここで切り離されるのは悔いが残るのでは無いだろうか。
全員がアカツキに注目している。
「ラルフは連れて行きます」
アカツキが言うとラルフは口元を歪めた。
「だが、彼は体調が戻るまで馬車の中へ入ってもらう。リムリア、代わりに護衛についてくれ」
「うん、分かった」
リムリアが頷いた。
「さて、しかし、この街道にこれだけの屍を野晒しにはしては行けぬな」
バルバトスが言うと金時草が応じた。
「それだったらもうすぐ何とかなるだろう」
彼の言葉が終わって間も無く、馬蹄が響き渡り、王都方面から騎兵隊が姿を現した。その数二十人ほどだ。
「金時草殿、ようやく追いついた」
緑色の外套を羽織った指揮官らしい中年の男が馬上から言った。
「ぺケさんの足はそこいらの馬よりも速いからね」
金時草が応じる。
すると新たな馬車が現れた。
「バルバトス・ノヴァー将軍、そちらの馬車は酷い有り様だ。こちらの馬車を使うといい。それと後始末は我々が引き受ける」
「かたじけない」
バルバトスが礼を述べる。
ヴィルヘルムとレイチェル、そして、ラルフが馬車に入る。幸い前の馬車の御者は運よく無傷だった。
先頭をバルバトスとリムリアが、左を山内海が、右にグレイが付き、アカツキはしんがりだった。
「この人数では危いことが分かった以上、俺とぺケさんも同行しよう」
金時草が言い、白虎の上に乗りアカツキの隣に並んだ。
「よろしくな悪鬼殿」
「何故、その名を知っている?」
「ハハハッ、俺は本来裏方の人間だからな。色々と耳に入るのさ」
アカツキの問いに金時草が笑いながら応じる。
「よし、では改めて出立だ」
バルバトスが言い、一行は声を上げると、新たな馬と馬車、そして虎で再び走り出したのであった。
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