七十一話
次の町に着くまで異変は起こらなかった。
ラルフの具合はさすがに順調ではないが、平和であった。
大きな町の開け放たれた門を潜ろうとすると二人の番兵が敬礼した。
「バルバトス・ノヴァー将軍!」
「うむ。他国からの大事な使者殿の護衛中だ。滞在させて貰うぞ」
こうして先頭のバルバトス、リムリア、護衛のグレイに山内海、馬車までが順調に入ったが、アカツキと金時草の番になった瞬間に番兵は二つの槍を交差させ入場を拒んだ。
「何故、通さん?」
アカツキが言うと番兵は焦りを含んだ表情を見せ、人差し指を向けた。
その先には金時草とそれを乗せるぺケさんがいた。
「その虎です」
番兵が言った。
「大丈夫だ、たぶんよく躾けられている」
アカツキも番兵の気持ちも分かったので困惑しながら応じた。
「し、しかし、虎を町の中に入れれば要らぬ騒ぎが起きる可能性が」
と、番兵が言ったところで金時草がペケさんと共に背を向けた。
「金時草、どこへ行くのだ?」
「こういうのは慣れてる。その辺りで野宿でもして夜を明かすさ」
「だが……」
アカツキは命の恩人らの態度に恥じる思いで引き留めようとしたが金時草は振り返って言った。
「後で生肉をたんまり届けてくれ。その辺で俺かペケさんの名前を呼べば居場所は分かるだろう」
そうして手を振って金時草はペケさんから下りて並んで去って行った。
「将軍、申し訳ありません」
番兵がアカツキに言った。
「仕方あるまい。お前達の言い分ももっともだ」
そして槍が上がり、アカツキは町へと踏み入ったのであった。
二
高い宿を一つ貸し切りにした。
重症のラルフはグレイと同じ部屋になった。
「しっかりお世話してあげるのよ、グレイ。何かあったらいつでも私でもお義父さんにでも言いに来てね」
「はい、母上」
母の言葉にグレイは頷いた。
客分のヴィルヘルムは一人部屋だった。アカツキはその扉の前を寝所とするつもりでいた。
レイチェルとリムリアは同じ部屋で山内海が同じく扉の前で番をする。
バルバトスも警護の交代要員として申し出たが、若々しくても老齢であり、一行を率いる使節団の団長であることからアカツキと山内海が断った。
だが、寝るにはまだまだ早い。
宿の裏手にある井戸の前では妙な光景が見受けられた。
アカツキ、バルバトス、山内海、レイチェル、リムリアが揃って無言で腰を下ろし、剣や鎧兜を洗い、刃を研いでいたのだ。病人のラルフと看護役のグレイは部屋だが、ヴィルヘルムはこちらに同行している。アカツキが目を向けると魔族の貴公子は面白い物を見るかのようにこちらを視線を向けて微笑んでいた。
「俺も戦いたかったな。この面白い光景の一員になりたかったよ」
ヴィルヘルムが剣帯を叩いてぼやく。
「堪えろ。何度も言うがお前は客分なのだ」
アカツキはそう言い返した。
そして各々作業が終わると宿へ引き返そうとした。
「太守殿、山内海」
アカツキは二人の名を呼んだ。
「どうした、アカツキ将軍?」
バルバトスが振り返って尋ねた。山内海も顔を覆う大きなバツ印の付いた布越しにこちらを見ていた。
「金時草殿に言われて、虎用の生肉を買って届けねばなりません。その間、ヴィルヘルムとシルヴァンス大使の護衛をお任せできないでしょうか?」
「良いとも。行って来い」
バルバトスが朗かに応じ、山内海も頷いた。
「それでは行って来ます」
と、腰を掴まれた。
見ればリムリアが微笑んでいた。
「あたしも一緒に行くよ。ペケさんに会いたいもん」
アカツキは軽く思案した。護衛役にもなれぬし、一人で虚しく肉屋で大量の生肉を注文するよりはマシか。
「分かった、ついて来い」
二人はそこで皆と別れ、街中を、人伝に肉屋へと歩んで行った。
「お客さん、宴会でも開くのかい?」
大きな革袋四つ分の肉を買い、金を払うと店主が尋ねてきた。
「そんなところだ」
アカツキは応じた。
「アカツキ将軍、早く早く、夜になったら町に入れないよ」
リムリアの言う通り、そろそろ夕暮れが近かった。
二人は並んで町の門を出た。
「二人ともどこにいるのかな?」
リムリアが尋ねた。
「適当なところで名前を呼べば分かると言っていたぞ」
アカツキが言うとリムリアがニヤリと微笑んだ。
「一緒に呼ぼ?」
「いや、いい。お前が呼んでくれ」
「アカツキ将軍が呼ばないならあたしも呼ばないもん」
面倒な奴だ。アカツキは多少羞恥に耐えながら咳払いをした。
二人は声を上げた。
「きんじそーう!」
「ペケさーん!」
ややあって、猛獣の唸り声が木霊した。
振り返ると番兵二人は青い顔をしていた。
「大丈夫だ。町の中には入れん。明日の出立の時にも迂回させる」
アカツキが言うと番兵は頷いた。
「夜になったら門は閉めますのでお早めに行かれて下さい」
番兵が言いアカツキとリムリアは茂みに入った。
「ペケさーん!」
リムリアは楽し気にその名を呼んでいた。
当然、返事はある。
その咆哮を頼りに二人は街道脇の草むらと森の中に入って行った。
金時草はペケさんの横腹に頭を倒して寝転がっていた。
「言われた通り、肉、持ってきたぞ」
そして大きな革袋四つを差し出した。
「おう、上々」
身を起こして金時草が応じた。
ペケさんは犬の様にお座りして、口の端からヨダレをダラダラ垂らしながら、人懐っこい声を上げていた。
「その辺りに袋の中身をあけちゃってくれ」
金時草に言われアカツキとリムリアは袋の中身を地面にあけた。
「ペケさん、よし」
金時草が言うとペケさんは肉に喰らい付き頬張り、ある程度咀嚼すると一飲みにして次の肉へ取り掛かった。
「アムル様のところでお馬さんの世話した時、思い出すなぁ」
リムリアが感慨深げに言った。
「あ、お前の分の食事を忘れた」
アカツキが言うと金時草は小袋を見せた。
「これに詰まってる。あとはもう大丈夫だ。そろそろ門が閉まるぞ」
見上げれば夕陽は山の彼方に端だけを残していた。
「アカツキ将軍、急いで戻ろう。またね、ペケさん」
「じゃあな」
二人が言うと肉を食らうペケさんの分まで、金時草は手を上げて応じた。
「何かあればすぐに駆け付ける」
金時草が言い、アカツキは振り返り頷き、先を行くリムリアの後を追ったのだった。
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