六十八話

 法王が去るとアカツキは国王を見上げた。

「もしも陛下がこのヴィルヘルムを御斬りになられるというのなら、この私もあなたに背きましょう」

 するとアラバイン王は大声を上げて笑った。

「心配いたすな、アカツキ将軍。使者殿を手に掛けるつもりは無い。それに国民の血も見たくはない。アムル・ソンリッサ殿が友好的な関係を築きたいと願うならそれで良いでは無いか」

「しかし、陛下、それでは神の意志に背くことになりますぞ」

 宰相と思われる男が言うとアラバイン王は頷いた。

「神は我々を御創りになられたが、我らには我らの意思がある。神に死ねと言われて大人しく死ぬ我らでは無い」

 アカツキは途端に己が恥ずかしくなった。

「先程の失言お許しください、陛下」

 自分と同じ考えを持っている人物がいたことにアカツキは思わず感動していた。

「アカツキ将軍は闇の者と行動を共にした。そなたにしか分からぬこともあるだろう。それを思っての上での発言だったのだろう。これほど相対してきた者達の肩を持つと言うことは、少なくとも闇の方々も話の通じる相手だと言うことだ。現にアムル・ソンリッサ殿の書状は私に通じたのだからな」

「恐れながら、お尋ねしてよろしいでしょうか?」

 アカツキが恐縮しながら言うと王は頷いた。

「陛下は大陸をアムル・ソンリッサと分け合い統治することに別段気にするところは無いということでしょうか?」

「攻めなければやられる。これまでは、そういう状況だった。だが、そうじゃない状況だと言うのなら、私はいたずらに血を流すことはさせたくはない。血も命も誰も等しいものだ。無論、ここにいる我々全てのものもそうだ。宰相、近衛兵、バルバトス、アカツキ、ヴィルヘルム殿、そして私の命も」

 アカツキは歓喜した。これならいける。誰も傷つくことが無く、光と闇の争いに終止符を打つことができる。

 バルバトスがアカツキの肩を叩いた。

 彼は微笑んでいた。アカツキは頷いた。

「さて、それでは返書をしたためねばな。バルバトス、アカツキ、一晩だけ時間を貰うぞ。あまりもたもたしていては法王がうるさいし、民衆の耳にも余計なことが入る恐れがあるからな」

 アラバイン王は玉座から立ち上がった。近衛兵がその脇を囲む。アカツキはバルバトスと共に王を見送ったのであった。



 二



「アカツキ将軍、嬉しそうだね」

 外に出ると待っていたリムリアがそう言った。

「ああ。嬉しいさ」

 アカツキは頷いた。

「光の国王が聡明な人物で良かったよ」

 ヴィルヘルムが言った。彼は言葉を続けた。

「俺個人としてもアカツキと斬り合いはしたくなかったからな」

 だが、使者を持て成す晩餐会は開かれなかった。まだ光と闇が一歩近づいただけなのだ。いたずらにヴィルヘルムの姿を見せるわけにもいかないという配慮だったのだろう。

 ヴィルヘルムにあてがわれた部屋はオーク城の時の様に質素な部屋だった。

「何かあれば呼べ」

「分かった。じゃあ、お休みアカツキ」

 アカツキは閉められた扉の前に座った。

 ラルフとグレイも守りに着きたいと申し出たが、アカツキは断った。明日は明日で何があるか分からない。法王の姿が思い起される。あれだけで引き下がるとは思えなかった。ラルフとグレイには言ってないが、二人には万全な体調でいて欲しかった。有事に備えて。

 朝、ヴィルヘルムは部屋で、アカツキは部屋の外でパンを齧り、スープを飲んでいた。念のため、アカツキは毒見をしようと申し出たが、ヴィルヘルムが断った。

「大丈夫だ」

 彼は微笑んでそう言った。

 何が大丈夫なものかとアカツキが問い返そうとしたところ、ヴィルヘルムは食事に手を付けてしまった。

「アラバイン王がアムル様を信じて下さるのなら、俺だってアラバイン王や光の者達を信じる」

 アカツキの脳裏を法王の姿が過ぎる。

「お前も知っての通り、お前のことを良く思わない連中もいる。気持ちは嬉しいが、今度からは俺に毒みをさせてくれ」

 そんなアカツキの心配を悟ったのかヴィルヘルムは頷いた。

「分かった。だからそんな顔するな」

 そして程なくしてアカツキとバルバトス、ヴィルヘルムは玉座に呼ばれたのであった。



 三



 アラバイン王は朗らかな声で一同を出迎えた。

「ヴィルヘルム殿、晩餐会も開けず申し訳なかった。私の方もアムル殿への書状を書くので手いっぱいでな」

「別段、気にしてはおりません」

 ヴィルヘルムが応じると王は頷いた。

「さて、それではこちらも友好の使者を派遣せねばなるまいな。シルヴァンス特別外交大使、入って来い」

 アラバイン王が言うと扉が開かれ、初老の女が入って来た。髪の色はヴィルヘルムより濃い青だった。

「レイチェル」

 バルバトスが嬉しそうに声を上げた。

「お元気そうで何よりです、お義父様」

 シルヴァンス特別外交大使、レイチェルと呼ばれた女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべてそう言った。

 アカツキは戸惑っていた。今、レイチェルはバルバトスのことを父と呼んだ。

「アカツキ将軍、驚いているな。その顔を見るのが楽しみだった。彼女レイチェルはバルバトスの義理の娘なのだ。さて、レイチェル」

 アラバイン王が言うとレイチェルはひざまずいた。

「はい」

「この度、お前には友好の使者として闇の勢力の中の君主、アムル・ソンリッサ殿にお会いし、親書を渡して欲しい」

「承知しました」

 レイチェルは頷いた。

「出るのは早い方が良いだろう。誰かが何かを弄する前にな」

 アラバイン王が表情を引き締めて言った。

「バルバトス、護衛を増やそうか?」

「いいえ、我々だけで充分です。老人となりましたが、この私もまだまだ剣の腕は鈍ってはおりません。それに護衛には精鋭を抜擢しております」

「そうか。よし、では、ヴィルヘルム殿、アムル・ソンリッサ殿にくれぐれもよしなに伝えて下され」

「必ずやお伝えいたします」

 ヴィルヘルムが一礼する。

 アラバイン王の言う通り、出発は早い方が良いだろう。

 玉座の間を出ると、リムリア、ラルフ、グレイ、山内海と合流しアカツキとバルバトス、ヴィルヘルムは武器を返してもらった。

「グレイ」

 レイチェルが微笑んだ。

「母上」

 グレイはそう言ったきりだった。

「ほらほら、行って来なよ」

 ラルフがグイグイと親友の背を押す。

 レイチェルがグレイを抱き締めた。

「久しぶりね。元気そうで良かったわ」

「母上もお元気そうで何よりです」

 グレイが顔を真っ赤にしながら応じた。

「そしてあなたがラルフ君ね。グレイからの手紙でよくあなたのことが書かれていたわ」

「はい、ラルフです。この度は御一緒出来て光栄です」

 その言葉を聴いて思い出したのかレイチェルは皆に向かって言った。

「初めまして、皆さん。私はレイチェル・シルヴァンスです」

 リムリアが微笑み返し、山内海は無言で頷いた。

 そして一行は王城の外に出る。

 その時に現れたレイチェルの姿にアカツキはびっくりした。

 腰の左右に山刀が提げられ、背にはクロスボウと矢筒があった。

 アカツキの驚く顔を見て狩人姿のレイチェルは笑った。

「道中、何があるか分かりませんからね」

「いや、確かにそうですが……」

 アカツキが言葉に窮すると、先頭を行くバルバトスが言った。

「よし、出立するぞ」

 こうしてアカツキ達は再び、今度は闇の国へ、アムル・ソンリッサの元へと旅立ったのであった。

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