六十七話

 王は思った以上に若かった。

 三十半ばのアカツキよりも幾つか年下だろう。深紅の金色の刺繍の入った絨毯が敷かれ、大きな玉座に腰かけていた。

 立派なのは絨毯と椅子ぐらいで残りは壁に立て掛けられた刀剣、槍、戟、謎の武器に弓に盾とまるで町の大きな武具屋のような部屋だった。

「バルバトス!」

 そう歓喜に満ちた声は渋く素晴らしく通る声だった。

「アラバイン王、お久しぶりでございます」

 バルバトスがひざまずくとフレルアンの国王アラバインは子供の様に駆け付けてきてその見事な体躯でバルバトスに抱き付こうとする。バルバトスは身を起こして受け止めた。

「久しぶりだな、そなたが生きている間にはもう会えぬかといつも思っておった」

「それは私もです、陛下」

 バルバトスが応じた。美麗な声が二つもあり、アカツキは自分が酷く場違いな場所に来てしまったのでは無いかと感じていた。

「息災で何より。してそちらの者は、お主が取り立てたというアカツキ将軍か?」

「その通りでございます」

 バルバトスが言った。どうやら事前にバルバトスは使者を走らせたようだ。

「御初に御目に掛かります、陛下。アカツキと申します」

 アカツキは形式的な挨拶の仕方が分からず、恐縮しきってそう述べるので頭がいっぱいだった。

「お主も良い身体をしておるな。さぞ武働きしてくれたのであろう」

 アラバイン・フレルアン王は席に戻った。

 アカツキは一つ気付いたことがあった。

 アラバイン王は段を設けていなかった。自分達下々の者と同じ位置にいる。

「してアムル・ソンリッサ殿の使者殿は御貴殿だな?」

 王が言うとヴィルヘルムが跪いた。

「はい。ヴィルヘルムと申します。以後お見知り置きください。本日は主君アムル・ソンリッサより親書をお渡しいたすために参りました」

「拝見させていただこう」

 アラバイン・フレルアン王しか見えていなかったが、ようやくアカツキは他の者の姿に気付いた。

 進み出て来る頭のてっぺんが禿げ上がったのが宰相だろうか。そして近衛と思われる者が四人、槍先を上に向けて佇立している。

「使者殿、書状をお預け下され」

 宰相と思われる人物が手を向けるとヴィルヘルムは親書を差し出す。

 そして宰相は受け取るとそのままアラバイン王に手渡す。

 王は直々に丁寧に木のナイフで封を開いた。

 するとアラバイン王はこちら見て言った。

「よく切れるナイフだろう? これほどの切れ味に至るまで幾ら時間が掛かったことか。バルバトス、アカツキ、そなたらが前線で戦ってくれているおかげで私はこのような平和な時を過ごせるのだ」

 アカツキはどう答えて良いのか分からなかったが、アラバイン王は封の中身を取り出しゆっくり開いて眺めはじめた。

 距離が近いため顔色が窺えそうだが、アカツキは王が親書を読むのを辛抱強く待った。

「なるほど」

 アラバイン王はそう言うと親書を畳んだ。

 アカツキは次の言葉を委縮しながら待った。

「使者殿、アムル・ソンリッサ女王の胸の内は分かった」

 どのような内容だったのだろうか。アラバイン王は微笑みを浮かべたままだった。

「いずれにせよ、返書をしたためねばな。だが、その前にアカツキ将軍」

「はっ!」

 アカツキは声を上げて応じた。

「貴公は闇の主君のために働いたそうじゃな」

 それは捕虜のためにいた仕方無く……。とは、アカツキは言わなかった。

「働きました」

「どうだった闇の者達は?」

「はい。彼らも我らと何ら変わりの無い者達でした」

 アカツキは顔を上げて言葉を続けた。

「私は彼らと共に戦えて良かったと思っております」

「なるほど、貴重な意見だな。私は闇の者を、今日初めて見たが、使者のヴィルヘルム殿も我らと何ら変わりの無い人物の様だ。アムル・ソンリッサ殿はまだ同盟を求めては来なかった。今回の書状はアムル・ソンリッサ殿が大陸の半分を併呑するための時間稼ぎというわけでも無いのだろう。お互い初めから付き合いをやり直そうと、そういう内容の謙虚な書状だった。が……」

 アカツキは驚いて王を仰ぎ見た。

「そろそろだな」

 アラバイン王が言った時だった。

「国王陛下!」

 扉が開け放たれ、ぞろぞろと武装した者達が踏み込んできた。

 アカツキは刺客と思いヴィルヘルムを庇い仁王立ちした。

 アカツキが睨みを利かせていると、武装した上から下まで甲冑姿の者達の中から豪華絢爛な神官服を纏った老齢の男が進み出てアカツキを睨み見た。

「貴様、法王猊下の前で無礼であろう!」

 甲冑を纏った一人が声上げた。

「アカツキ」

 バルバトスに促され、彼がひざまずいているところを見て慌ててそれに倣った。

「これは法王どのような御用件かな?」

 アラバイン王がにこやかに言うと、法王は声を上げた。

「闇の者から使者が訪れたと伺いましたぞ」

 法王が詰問するようにアラバイン王に向かって言った。

「その通りだ。法王。そちらにいるのがアムル・ソンリッサ殿の使者、ヴィルヘルム殿だ。此度は親書を携え訪れてくれた」

「親書ですと!? 国王! 神々の教えをお忘れではありますまいな。光は闇を討滅すべし!」

「無論、覚えているとも」

 小柄なくせに勢いよく捲し立てる老人に向かってアラバインは温和な表情で応じた。

「ならば! 今すぐ、見せしめにこの魔族を捕え、明日の昼にでも市で首を刎ねるのです! 闇の者達のせいで一体幾つもの敬虔な命が奪われたとお思いですか!?」

 アカツキは思わず怒りが湧きあがった。戦場に一度も出たことないくせに兵士の死を語るとは許せなかった。

 アカツキの両肩に手が置かれた。

 バルバトスと、ヴィルヘルムだった。

 そしてアカツキは自分が拳を握り締め立ち上がって法王とか言うチビの老害を殴りつけようとしていたことに気付いた。

 アカツキは身を再び平伏させた。

「バルバトス・ノヴァー将軍、今すぐその魔族を縄で縛り牢に入れなさい! そなたらの戦勝には光の神々の加護があったことを忘れてはおるまいな!」

 法王が言った。

「では、死んでいった者達は何なのですか?」

 バルバトスが落ち着いた声で、それでも威厳を感じさせる声音でそう言った。

「神は何故、敬虔だった彼らに加護を与えなかったのでしょうか?」

 バルバトスの問いに法王は胸を張って言った。

「それは彼らがこっそりと神々の意に反する冒涜的な行為をしたからに決まっておる。神々は全てお見通しじゃ」

「何だと、貴様!」

 アカツキは咆哮を上げて法王に殴りかかった。

「よせアカツキ!」

 振るわれた拳をヴィルヘルムが回り込んで手で受け止めた。

「俺の部下は、いや、兵士達は善良な者達だった! 法王とか言ったな、貴様の言葉は散って行った兵士達を!」

「アカツキ将軍!」

 バルバトスの声に止められ、アカツキは言葉を失った。

 法王は慌てて身を護っていた両腕を下げ、アカツキを指し示した。

「一将軍の分際でこの法王に立てつく気か!?」

 ヴィルヘルムが元の位置に戻って平伏しアカツキの肩に手を置いた。

「アカツキ謝ろう」

 ヴィルヘルムが囁く。

 肩に置かれたその腕の重みは自分に課せられた使命を思い出させた。こんなところで終わるわけにはいかない。

「御無礼致しました……」

 アカツキはそう述べた。

 法王は鼻で嘲ると言った。

「いいですな? 国王陛下、使者を速やかに捕縛し、民衆の前で首を刎ねるのです。光は闇を討滅すべし。そう期待しておりますぞ」

 法王は背を向け兵達を連れて玉座を後にした。

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