断章二
「二刀流は俺には好かん」
広い庭で兄のググリニーグが言った。
顔には黒い竜の仮面を被っている。
「ですが、二刀流を受け継ぐよう、父上に厳命されております」
銀の竜の仮面を被ったシリニーグが応じる。
「お前は父上が今すぐ死ねと言ったら死ぬのか?」
兄ググリニーグが意地悪く尋ねてきた。
「そ、それは戸惑います」
シリニーグが言うとググリニーグの握る剣から紫色の炎が上がった。
突然のことにシリニーグが驚くと、ググリニーグは笑いを声を上げた。
「良いか見てろよ」
炎は段々と燃え盛った。
「まだだ。まだまだ」
ググニーグが言ったところで、濃い紫色の刀身は折れ曲がった。
「クソがっ! 軟弱な剣め!」
ググリニーグは燃え上がる剣を地面に叩きつけた。
シリニーグは地面が剥き出しで良かったと安堵していた。
「俺の魔術に耐えうる剣は何処かに無いのか!」
ググリニーグは怒りの声を上げると燃える剣を踏みにじった。途端に白い煙が上がり炎は消え失せた。レガース、鉄の靴に水の魔術をかけたのだ。
兄はそのまま引き上げていった。
シリニーグは剣の残骸を一瞥すると左右に持った片手剣を振るい二刀流の稽古を続けた。
二
あれから兄は二刀流の稽古をしなくなった。と、言うよりも屋敷にいることが少なくなった。
シリニーグは父がそのうち練習の成果を見せてみろと言った時に兄はどうするのだろうかと不安に思った。
兄はどこで何をしているのだろうか。夜は勿論、周囲が寝静まった昼になっても帰って来ず、病床の母も心配していた。シリニーグもさすがにこのままではいけないと思い、兄に詰問しようと決めた。
夜、何日ぶりか兄が帰宅してきた気配を感じた。
隣の兄の部屋で物音がしたからだ。
シリニーグは、兄の部屋へと向かった。
三
「兄上、いらっしゃいますか?」
シリニーグは部屋の扉を三度軽快に叩いた。
「おう、シリニーグか、入れ」
どこか嬉しそうな兄の声が返ってきた。
「入ります」
シリニーグは扉を開けて仰天した。
暗い部屋の中、煌々と紫色に燃え上がる剣を兄が恍惚とした表情で見ていた。
「兄上、何をなさってますか! 家が火事になります! 早く水の魔術で」
「見ていろ、弟よ」
ググリニーグが口の端を持ち上げて笑みを浮かべて言った。目は燃え上がる剣を見たままだ。
今更気付いたが、それは両手持ちの大剣だった。刃は幅が広く、厚く長かった。
「兄上、早く消化を!」
シリニーグが言ったが、ググリニーグは剣を見詰めて笑うばかりだった。
そろそろ鉄が折れ曲がる頃だ。
「兄上!」
シリニーグは我に返って慌てて詰め寄った。炎の熱を肌に感じる。凄まじかった。
と、ググリニーグは呪文を唱えた。剣から白い蒸気が吹き上がった。
部屋が暗くなった。
「見たか、シリニーグ。俺はついに見つけたのだ。俺の炎に耐えうる剣をな。その名も妖剣・紫炎」
半ば狂気染みた笑い声を上げてググリニーグは言った。
シリニーグはその様子を呆然と見つめていたが、再び我に返った。
「兄上、これ以上、奔放な振る舞いはお止めください! 母上が心配しております! それに兄上はこの家をやがて継ぐ身でございましょう! もっと家のことを考えてくれないと困ります!」
シリニーグは思いを吐露した。
「母上に、家の後継ぎに……煩わしい。ああ、煩わしいわ!」
「何と仰せられますか!? 家のことは良くとも、母上のことをそのように言われるのは聞き捨てなりません!」
シリニーグが怒ると兄は言った。
「シリニーグ。弟よ。一つ、勝負しないか?」
四
夜も少し過ぎた頃だった。
宰相の父は具合を悪くしたソンリッサ陛下に代わって城に泊まり込んで政務に勤しんでいる。
「シリニーグ、世界は広いぞ。このままソンリッサ家に仕えるだけの道など俺には考えられぬ」
大剣を振り回し、兄は言い言葉を続けた。
「お前が勝ったら、俺は家を継ぎ、二刀流を継ぎ、母上に孝行を尽くそう」
シリニーグは黙って続きを待った。
「だが、俺が勝ったら、俺の人生だ。好きにさせてもらう。さぁ、勝負だ、シリニーグ!」
ググリニーグが大剣を振るうと、一瞬で刃を炎が包み込んだ。振り回す度に炎の勢いが強くなっている。
「私はあなたが二刀流の練習を止めた時からそれでもずっと稽古を続けて来ました。兄上と言えど、手加減はいたしませんぞ」
シリニーグも構えた。
「フフッ、行くぞ弟よ!」
ググリニーグが大剣を振るった。暴風と熱気が頬を掠める。
兄は鍛錬を怠らなかったらしい。両手持ちの剣を軽々扱っていた。
そして刃と刃がぶつかり合った時だった。
シリニーグの剣の刃が蕩けて折れ曲がった。
諦めずに左手のもう一本を突き出すが、これも受け止められ、同じく剣は曲がり、溶け落ちてしまった。
「勝負ありだな、弟よ」
ググリニーグの大剣から白い蒸気が上がり剣の炎は消滅した。
そして背を向けた。
「シリニーグ、俺は俺を屈服させることができる奴を探しに行く。面倒だろうが後はよろしく頼む」
そう言い残して兄は家から出て行った。
それが生きている兄の姿を見た最後だった。
五
ガルムが差し出した剣を見てシリニーグの脳裏をあの時の光景が駆け巡っていった。
「アカツキか。わざわざこの剣を残して置いてくれたのは」
シリニーグはやっとのことでそう述べた。
「そうですね。アカツキ将軍も珍しい剣だとお思いになられたのでしょう。しかし、それがあなたの家の悲しい結末に繋がるものだとは知りませんでした」
ガルムが答えるとシリニーグは溜息を吐いた。
「そうだな、この剣が元凶だ。元凶だが……」
涙が溢れて来る。
「だが、兄が愛した剣だ。遺品として受け取ろう。すまんな、ガルム。アカツキにも礼を言っておいてくれ」
ガルムは幽鬼の様に去って行った。
「さて、兄上、我が家はもはや二刀流に拘らなくなりましたぞ。私の息子、あなたの甥は剣と盾を使います。あなたにも見て欲しかった」
シリニーグは天を見上げたのだった。
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