五十九話

 玉座にはアムル・ソンリッサが座り、一段下に暗黒卿、下座にアカツキがいた。

「アカツキ将軍、極めて重大な話とは何か?」

 アムル・ソンリッサが問う。湯浴みを邪魔されたことなど根に持っていない様子の、いつもの冷厳な主君であった。

「光の者に親書を送っては下さいませんか?」

 アカツキは落ち着いた態度で応じた。

「何故だ?」

「俺は、光も闇も知っています。光の連中はもとより、あなた方のことだって愛している。光と闇、どちらかが存在してはならないというわけではありません。そうしようとする者がいるとすれば、それはすなわち、我らが血で血を洗う戦をしているのを遊戯の様に傍観している、我らが生みの親、神です。光は闇を討滅すべし」

「闇は光を討滅すべし」

 アムル・ソンリッサが続けた。

「確かに神々の定めのまま今の我らは動いているな。無論、光も」

「そうです、その通りです。陛下、光の国王に親書をお送りになられて下さい。光と闇は平等に生きる権利があるのですから」

 アムル・ソンリッサは頷かなかった。しばし間を置き言った。

「この件は私一人では決められぬ。諸将と協議せねばなるまい」

「それでは遅すぎます。大陸統一の前に私は残る五つの首級を上げてしまうでしょう。そうなってしまっては使者の役目を果たすことができません」

「アカツキ将軍、光の国王はどのような人物だ?」

「そ、それは、申し訳ないながら私は見たこともございません。現地で兵となってそこで将軍と認められたので……」

「そうか」

 アムル・ソンリッサは別段落胆することも無くそう言った。すると暗黒卿が声を出した。

「陛下は光の者どもの領土までも欲せられるか?」

 その問いにアカツキも気になり改めて主君へ顔を向ける。

「私は平和さえ望めればそれで良いのだ。だが、野心に駆られた者が多く、こうしてその者達を迎え撃ち、併呑し、領土を広げてしまったに過ぎないのだ。今相手にしている国々が我が国より小国であろうとも、手を出さないのなら共に歩んで行くつもりもあった」

「ならば、親書を出してください!」

 アカツキが声を上げるとアムル・ソンリッサは頷いた。

「光との共存が可能なのか、あるいは光の国王がどのような人物か、興味があるな」

「おお、でしたら!」

「アカツキ将軍、半日後に出立であろう? もう休め。私にはやることができた。暗黒卿、行こう」

「うむ」

 アムル・ソンリッサは暗黒卿を率いて玉座の間を後にした。

 アカツキは拳を握り締め突き上げた。光と闇の間を修復させる第一段階が整った。



 二



 ツェンバーの軍勢を相手にアカツキは先に戦っていたヴィルヘルム達の応援に駆け付けた。

「アカツキ隊、突撃だ!」

 勇躍し、アカツキは隊の先頭を駆けた。

 戟を振り回し、屍と血溜まりを築いて行く。

「アカツキ将軍、今日は一段と上機嫌ですね」

 残る五つの首に入らない凡将の首を回収しながら、こちらも戟を振り回しガルムが言った。

「ですが、突出し過ぎです。こういう時こそ、油断が生まれます。あなたは一軍を預かる将なのですから、それをお忘れなく」

「そうだな、ガルム」

 アカツキはそれでも胸が熱くなるのを抑えきれなかった。今頃、陛下は親書をしたためてくれているだろう。そう思うと残る五つの首を是が非でも早くこの手に収めたかった。

「アカツキ隊、突出し過ぎだと総大将ヴィルヘルム様より伝令です」

 兵が跪いて言った。

「おう、分かった。御苦労だが、気を付けると伝えて置いてくれ」

「はっ」

 伝令は去って行った。

 敵が津波の如く押し寄せて来る。

 こいつらもまた、神に踊らされているだけなのだ。主君が踊らされ、将軍が踊らされ、そして徴兵された末端者達はそれに従うしか道が無い。

 神は残酷だ。

「聴け! ツェンバーの勇猛なる兵よ! 我が主君、アムル・ソンリッサはお前達を慈悲深く迎えてくれる! 武器を捨て投降すれば良し! そうでないのなら残念だが、その命を貰い受ける!」

 アカツキが大喝した。

 アカツキと向き合っていたツェンバーの兵達の動きは止まらない。

「それは無理ですよ。彼らとて故郷があり家族がいるのです。家族を見捨てて自分だけ助かろうと思うはずがありません。それに連合を組んで強気でいるのですから尚更です」

 ガルムが悲しげな仮面の表情を見せて言った。

「くそっ、やるしかないのか!」

 ツェンバーの歩兵達が肉薄してくる。

「迎え撃て!」

 愛馬ストームの上でアカツキは声を上げ、駆けた。

「将軍の後に続け!」

 副将スウェアの大声が背後から轟き、地鳴りと地鳴りが重なり両軍は激突した。

 アカツキは戟を振るい次々ツェンバーの兵を刃の血錆にした。

「敵将はどうした!? 俺が怖くて出て来れないか!?」

 アカツキが再び大音声で叫ぶと、兵の列の中から槍を扱いて敵将が現れた。

「我が名はバーンズ! 怖気づいていたわけではなぁい! そっ首貰うぞ!」

 馬腹を蹴り、敵将が接近してくる。

「行くぞ、ストーム!」

 アカツキもストームを駆けさせた。

「死ね、アムル・ソンリッサの愚将よ!」

「死ぬのは貴様だ!」

 すれ違いざま刃が交錯する。

 身体に衝撃を感じたが手応えがあった。

 歓声が上がる。

 振り返ると敵将バーンズの身体は首を失い血を噴き上げて落馬していた。

「やったな」

 アカツキはそう思った。

 だが、配下の兵達が恐れおののく様にこちらを凝視した。

「どうした?」

 アカツキが問う。

「将軍、や、槍が……」

 スウェアが愕然としながら言った。

「槍?」

 アカツキは己の身体を見た。右胸の甲冑を突き破り敵将の槍が貫いていた。

 気付いた瞬間、アカツキは猛烈な熱い痛みに襲われた。

「将軍、お下がりください! お前ら行くぞ!」

 スウェアが兵を率いて突進する。

 アカツキはその様子を馬上で見つめながら、血を吐いた。

 まさか、これで終わるのか。ようやく親書に漕ぎ着けて、長かった光と闇の対立に終わりを打とうとした矢先に……。

「本当に、ついてない……。これも神の仕業か」

 視界が暗転する。アカツキは意識を手放してしまった。

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