五十話
オーク城。兜越しに見える風景はすっかり変わっていた。
堀が巡らされ、跳ね橋が上げられている。そして城壁には王国の旗が掲げられ揺らいでいた。
「何者だ!?」
頭上の城壁から声が聴こえた。
「俺だ! アカツキだ!」
「アカツキ? あのアカツキ将軍ですか!?」
「その通りだ!」
しかし、夜目の利かない兵士達はなかなか信じようとはしない。
アカツキは幾度も説得を試みたが、手強かった。仕方が無い。これぐらいの警戒心は必要だろう。
「アカツキか!?」
新たに響いた声にアカツキは感動で身が震えた。枯れることなく良く通る素晴らしい美声の持ち主。バルバトス・ノヴァーの声だった。
「そうです、太守殿!」
「今開ける!」
程なくして頑強な門扉が開く音がし、跳ね橋が下がってきた。
アカツキは兜を脱いだ。
完全に下がるとそこには兵が三十人ばかり、槍を向けて待ち構えていた。
そしてその間から体格の良い武将が姿を見せた。
齢七十を越えても若者よりも若者らしい、宿敵ヴァンパイアロードを斃した英雄バルバトス・ノヴァーがそこに立っていた。
「お久しぶりです、太守殿」
「アカツキよく戻った。隣にいるのは協力者か?」
バルバトスの問いにアカツキは一瞬声を失ったが、説明した。
「そうではありません。ガルムという私の目付け役です」
「目付け役?」
バルバトスが問う。
「太守殿、この度は事情がありまして一時こちらに戻って参りました」
「その闇の者を片付けるだけでは話は進まないようだな」
さすがに理解が早い。アカツキはバルバトスの衰えぬ頭脳に感謝した。
「入れ、急ぎの用なら諸将を起こさねばなるまい」
アカツキはガルムと共に馬を下りてオーク城の城下町へと入った。
「感動の再会というわけにはいかなそうだな。だが、壮健そうでまずは何よりだ」
バルバトスはそう言い、アカツキとガルムは兵に囲まれて歩き出した。
静まり返った夜の城下を過ぎると、城門が見えて来た。
夜警の兵士達が門前で、回廊で敬礼する。が、その視線はアカツキの目付け役ガルムに訝し気に注がれていた。
三階の玉座の間に入ると、まだ誰もいなかった。
「温かい物でも振る舞ってやりたいが、それどころではないようだな」
バルバトスが言い、アカツキ恐縮して頷いた。
程なくして扉が開かれ、懐かしい諸将の姿が次々飛び込んできた。
「アカツキ!」
猛然と駆け突然抱き締められ、アカツキは一瞬息が吸えなくなった。
ファルクスだった。
「お前、よく無事でいたな。どうやって脱出したんだ? それにこの変なのはお前の連れか?」
「ガルムと申します。ファルクス閣下」
ガルムが笑顔の仮面の下であの女のような声で言い最後に忍び笑いを漏らした。
「俺、前にお前と会ったことあったか?」
ファルクスが問うとガルムは首を横に振った。
「じゃあ、アカツキから聴いたんだな」
その時だった。
「マゾルク!」
凛とした女の声が轟いた。
入り口でバルケルの大将代理のライラ将軍が槍を抜き身にして迫って来た。
「マゾルク? はて、どちら様でしょうか?」
ガルムが言うとライラは表情を厳しくて槍先をガルムの喉元に突き付けた。
「とぼけるな! 多少変わったようだが、その道化の仮面と赤装束、何十年と過ぎようが忘れるわけがない!」
するとガルムは頷いた。
「そうですよ、お久ぶりですね、ライラ」
ライラ将軍の槍が唸りを上げた。
ガルムはそれを易々と回避して槍先を掴んだ。
「怒るのも分かります。クレシェイドは私との戦いで死んでしまった」
「その通りだ! クレシェイドの従兄上がお前を命を懸けて葬った! それが何故ここにいる!?」
「何故でしょうね。しかし、ライラ、あなたがいると話がややこしくなりそうです」
そう言った途端にライラ将軍は倒れた。床に重い槍が転がる音が轟いた。
「貴様!? 闇の者か!?」
将軍達が抜剣し、険しい瞳を向ける。
「御静まり下さい、御一同!」
アカツキは声を上げ、続いてガルムに問う
「ライラ将軍は命に別状は無いのだな?」
「ありませんよ。眠って頂きました」
「何だと!?」
将軍達が迫る中、ファルクスが進路を塞いだ。
「アカツキが連れてきたんだ。別に悪さをするために来たわけじゃ無いだろう。各々さっさと剣を収めて話を聴こうじゃないか」
ファルクスと将軍達が睨み合う。
「ファルクス将軍の言うこともっともでおじゃる。皆々剣を収めるでおじゃるよ」
東北の砂漠地帯イージアの大将、芳乃幾雄が言うと、将軍達は渋々引き下がり剣を収めた。
バルバトスが玉座に着く。
「アカツキ将軍、闇の者に監視されながら、貴公は我々に何を望みにここに来たのだ?」
温和な声が言い、ガルムが平伏したので、アカツキも慌てて倣い、口を開いた。
「闇の勢力、アムル・ソンリッサを攻めるのをしばらく止めていただきたいのです」
アカツキは顔を上げまずはそう述べた。
「アカツキ将軍、それはどういうことだ!?」
「まさか貴公、闇の者に洗脳されたか!?」
疑惑と怒りの声が飛び交う。
「黙って聴きやがれ!」
ファルクスが一喝し周囲を静まらせた。
「アカツキ将軍、お前の置かれている立場を述べよ」
バルバトスが穏やかに鋭く斬り込んできた。話が早い。
「捕虜が諜報員、兵士含めて二百名程おります。彼らを助けるため私は一時的に我が武のみをアムル・ソンリッサに貸し、提示された分だけの首を取ることと、捕虜達と私自身の釈放を約束しました。その首もあと八つです。八つ取れば、捕虜も私も帰参することができます」
アカツキはゆっくり述べた。
「だが、反アムル・ソンリッサ連合が動いている今が好機だ」
将軍の一人が述べた。それに賛同する声が上がる。
「捕虜の処遇は?」
バルバトスが尋ねてきた。
「優遇されていると思います。髭も髪も決められた日に整えられ、風呂にも入れてもらっております」
アカツキは応じた。
「なるほど、アカツキ将軍があと八つ、アムル・ソンリッサに仇名す敵の将の首を八つ取れば、捕虜と共に帰参し、我らも何も気にせず攻められるということか」
バルバトスが言う。
「太守殿、二百名の捕虜には残念なことをしてしまいますが、今こそ攻める時です! 光の神もきっとそれを望んでいるでしょう」
将軍の一人が言った。
「捕虜を見捨てるわけにもいかんだろう。我らを信じて待っているのだ」
反論する将軍も出てきた。
議論が続いた。
「あと八つ!」
アカツキは咆哮を上げた。
周囲が静まり返りアカツキに視線が向けられる。
「あとたったの八つなのです! 必ずや私が早急に首級を上げ、捕虜共々帰参して御覧にいれます! ですから何卒、猶予を下されませ!」
アカツキが訴えると、諸将は複雑な心境を語る様な表情を見せた。
誰も何も言わない。
だが、ついに声が上がった。
「良いだろう」
太守バルバトス・ノヴァーをアカツキは見た。
「アカツキ将軍は、捕虜と我らの板挟みの中、こうして苦労を重ねてきたのだ。あと八つの首級を上げ、捕虜達と共に帰って来るのを待とうでは無いか」
扉が開かれ、アカツキとガルムは玉座を後にした。
速やかに首級を上げねば……。期限を設けなかったことがバルバトス・ノヴァー太守の情けだろう。きっと他の将軍達から咎められるはずだ。
アカツキがそう考えながら階段を下りていると、下に二つの見知った姿があった。
「ラルフ、グレイ」
アカツキがその名を呼ぶ。そして階段を下り終えると、二人は敬礼した。
ラルフの童顔も、グレイの静かな表情も以前よりも立派になったような気がした。
「アカツキ将軍、また行ってしまわれるのですね」
ラルフが言った。
「すまないな。俺には俺の役目がある。だが、必ず帰参する」
グレイが頷き、ラルフの脇腹を肘で小突いた。ラルフも頷いた。
「お前達にまた会えて良かった。ではな」
アカツキが去ろうとするとラルフが声を上げた。
「お待ちください! 途中まで我ら二人が警護いたします」
アカツキはラルフの強い瞳と、グレイの沈着冷静な表情を見て頷いた。
「では、頼もうか」
「お任せください!」
二人の準将軍は声を揃えて応じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます