四十六話
そこは見渡す限りの河原だった。
大小の石ころが地を埋め尽くし、その先を浅い小川が流れていた。
「ここは、何処だ?」
アカツキは周囲を見回した。風景は夕暮れに近い色に染まっている。だが、これが夕暮れとは違うものだとアカツキは思った。
「アカツキ」
不意に声を掛けられ、アカツキは顔を向けた。
真正面、せせらぎの向こう岸に忘れもしない、ダンカン分隊長が立っていた。
「ダンカン分隊長!?」
アカツキは驚くと駆け寄ろうとした。
「待て。それ以上は駄目だ」
ダンカン分隊長が生真面目な顔でそう言い、温和な表情に戻して言った。
「どうやら呼ばれたのは俺だけのようでな。お前の父、イージスは来ていない」
「父上が? それよりもここは何処です? 俺は一体?」
その問いにダンカン分隊長は応じた。
「ここは死んだ者が訪れる場所の一つだ」
「と、いうことは、俺は死んだのですか?」
「いや、お前がそちら側にいると言うことはまだ死んでは無い。おそらくはお前の夢枕の中で俺達は会っているのだろう」
と、アカツキは長らく胸の奥底にしまっていた思いを吐露した。
「ダンカン隊長、申し訳ありませんでした。俺はあなたを死なせてしまった。俺の軽はずみな言動があなたを追い詰め死に追いやってしまった」
アカツキは両膝をつき、小川のせせらぎを見下ろしながら言った。
「まぁ、顔を上げろ」
アカツキは言われた通りにした。ダンカン分隊長は笑みを浮かべていた。
「あの時は絶望的な戦いだった。誰が死んでもおかしくなかった。だが、俺はお前の父、イージスを失ったときに決めたのだ。もう部下をやらせはしないとな。だから戦った。修練に修練を重ねたのに勝てなかったがな。アカツキ、お前は今までそうやって自責の念を心に封じ込めていたのだろう? ならば、それはもう許された。後はお前の生きる意味を見付け、前を向いて歩いて行ってくれ。いや、時々は後ろを向いても構わないがな」
ダンカン分隊長はそう言った。
「俺を許して下さるのですか?」
「許しが欲しいのなら幾らでも許してやる。俺はお前に人生を全うしてもらいたい。俺やお前の父イージスの分もな。そうだな、それを約束して貰おう」
ダンカン分隊長は温かな眼差しと共に再び口を開いた。
「俺達の分も人生を楽しんで来い。アカツキ。約束できるな?」
「俺にできるのであれば、約束します」
そう応じるとダンカン分隊長は頷いた。
「よし、ならば、さらばだ。また会う日まで」
ダンカン分隊長が手を振った。
アカツキは急激にダンカン分隊長から引き離されてゆくのを感じた。
温かかった。
アカツキはまどろみの中、目を覚ます。毛布の中、剣、カンダタを抱いて寝ていた。カンダタが青く光っている。剣から自分の身体が優しく温められているような気がした。
だがすぐに強烈なまどろみが襲ってきたためアカツキは抗えず目を閉じていた。
二
「どうやら峠を越えたようです」
聞き覚えのある女の様な声がし、アカツキは目を覚ました。
見知った天井が見えた途端、顔という顔が視界を塞いだ。
「アカツキ!」
「おお! 目を覚ましたか!」
ヴィルヘルム、ブロッソ、シリニーグ、そして笑顔の道化の面を被ったガルムだった。
「どうした、勢揃いで」
アカツキが問うとヴィルヘルムが涙を零しながら抱き付いて来た。
「おい、止めろ、俺にそんな趣味はない!」
「うるさい、今だけ俺の抱擁を受けろ! お前、死ぬ寸前だったんだぞ!」
ヴィルヘルムが言った。
「俺が?」
「その通りです、アカツキ将軍。あなたは致死量の毒矢を三つも受けたのです。私の術が手を貸し、どうにか死の淵から這い上がろうとしたあなたの手を引っ張り上げるのに成功したのかもしれませんね」
ガルムが言った。
死の淵。そういえば、ダンカン分隊長に会ったな。
そしてふと思い出した。夢なのか本当なのかは記憶が定かではないが、カンダタを抱いて寝ていたはずだった。そしてその温かな光りが俺を癒し救ってくれたような気がする。
だが、剣は離れた棚の前に立て掛けられていた。
カンダタはダンカン分隊長の形見だが、ただの剣だ。青く光るわけがない。それに温くなどなるはずがない。俺は夢を見ていたのだ。
と、アカツキは自分の身体に身体をくっつけて眠る女の姿を見て驚いた。
リムリアだった。服は着ている。
「彼女は、我々が来た時にはそうなっていた。よほどお前の事が心配だったのだろう」
シリニーグが言った。
するとリムリアが目を覚まし、大欠伸をした。
「おはよう、アカツキ将軍」
「あ、ああ」
するとリムリアは微笑んでベッドから下りた。
「良かった。ガルム様が治してくれたの?」
「まぁ、そんなところになるでしょうか」
ガルムは応じた。
「悪いな、心配かけた」
アカツキは一同に詫びた。
「何言ってるんだよ、お前が目覚めてくれて本当に良かった」
ヴィルヘルムがアカツキの頭をクシャクシャと撫で回した。
「暗殺者共はどうなった?」
アカツキはヴィルヘルムを避けて尋ねた。
「とりあえずは殲滅した」
シリニーグが答えた。
「だが、どこの勢力の差し金かまでは分からなかった。生き残りは尽く自害したからな。だが残る勢力も限られている。雪が解ければ戦が始まるだろう」
「アムル、いや、陛下は?」
アカツキが再び尋ねると、ブロッソが応じた。
「御無事だ。暗黒卿殿がついておられたのと、多くの警備兵達が駆け付け奮闘したおかげでな。陛下は三階の書庫に居られた」
「無事なら良い」
アカツキは大きく溜息を吐いた。
「さて、お前はもう少し寝ていろ。俺達は陛下に報告してくる」
ヴィルヘルムが言い、ブロッソとシリニーグ、そしてガルムと共に出て行った。
リムリアが再び大欠伸をした。
「あたし寝てたのに何だかまだ眠いみたい。部屋に戻るね。おやすみなさい、アカツキ将軍」
彼女も大人しく去って行った。
アカツキは静まり返った部屋の中で、ふと再びカンダタを凝視していた。
ガルムの術は効いたのかもしれないが、それだけでは無いように思えたのだ。
俺を本当に救ってくれたのはお前なのか? やはりお前が俺をダンカン分隊長のもとに導いてくれたのか?
アカツキは剣を凝視し、青く光るかと僅かばかりに期待したが、剣はそのままだった。
まぁ、良い。
アカツキは起き上がる。
ダンカン分隊長との誓いを思い出す。隊長と父の分まで人生を楽しむ。
鎧姿に着替え、兜を被り、左に穴の開き亀裂が入った斧を、右にカンダタを差しアカツキはひとまず玉座へと向かった。
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