四十五話

 アカツキは階段へ急いだ。途中、幾つもの血の海に横たわる警備兵と侍女達の亡骸を見た。

 一階のどこからか剣と剣のぶつかり合う音が聴こえる。しかし、ここはガルムに任せた。自分は四階を目指すのみだ。

 やっとの思いで階段へ辿り着いた時だった。

「アカツキ将軍!」

 階段の前にリムリアが立っていた。平服を着、柄の先にサファイアの飾りのついた小剣を手にしている。

「お前、こんなところで何をしてるんだ!」

 アカツキは驚き、そして思わず怒鳴った。

「アムル様の警護に行こうと思って……」

 今更部屋へ戻っていろとも言えなかった。そこへ黒装束を身に纏い、黒頭巾で顔を隠した暗殺者が三人現れた。

「俺の後ろにいろ!」

 アカツキはそう言うと静かに剣を抜き躍り掛かって来る暗殺者の一撃をかわし、斧で真っ二つにした。

 残りの二人がかかって来る様子を見せたが、ヨロリと動いて上半身が地面に落ちた。

「ここは私の持ち場です」

 細腕に大斧を振り下ろした格好でガルムが言った。

「アカツキ将軍、上へ」

 怒りの道化の面が言った。

「ああ。お前も来い」

 アカツキはリムリアに言った。

 今、この城内に安全な場所などない。ならば自分が彼女を守るまでだ。

 アカツキは階段を駆け上がり、四階へ到達する。玉座の間の前で五人の刺客を前にヴィルヘルムが剣を振るい力闘していた。

 生きていたか、お坊ちゃん!

 彼の隣に二人の警備兵の亡骸があった。

「ヴィルヘルム!」

 アカツキは斧を振るい駆け付ける。暗殺者達は反対方向へ散った。

「この中に陛下がいるのか?」

 アカツキが尋ねるとヴィルヘルムは頭を振った。

「いや、中にいるのは侍女達だ。陛下が何処にいるのかは分からんが、執務室の辺りから剣の音が聴こえた」

 長い回廊を折れたずっと先に執務室はあった。

 だが、五人の刺客が立ち塞がる。

 ヴィルヘルムの高貴そうな服はズタズタだった。

「お前達は下がっていろ」

 アカツキは斧と剣を手に前に出て暗殺者達と対峙した。

 暗殺者は突然の縦に重なり、そして再び広がる。と、最後尾に居たと思われる敵が弩を引き絞っているのが見えた。

 唸りを上げて矢が飛んでくる。

「ちいっ!」

 アカツキは反射的に斧を振るい弾いたが、矢は斧の刃を貫通して止まった。

「アカツキ将軍!」

 リムリアが声を上げる。

 四人の暗殺者が一斉に迫ってきた。

 その内の一人を真っ二つにし、その直後に降りかかる刃を避け斧の錆とする。しかし攻撃は終わらない。刺客は壁を蹴り、天井で交錯してアカツキに襲い掛かった。

 二つの刃をアカツキは斧と剣で受け止めた。

 暗殺者達の静かな殺気を感じ、アカツキは押し返し、武器を振るう。一人の背中を穿ち斬り裂いて殺したが、残る者達は頷き合い逃げて行った。

 ヴィルヘルムが斃れた敵の頭巾を剥した。

 頭巾の下から現れたのは、黒い肌に尖った耳、細い顔立ちだった。

「ダークエルフの暗殺者か」

 ヴィルヘルムが言った。

「ダークエルフ族の国は既に攻め滅ぼし、主君は斬首した。が、こうして生き残りは暗殺集団となって傭兵の様にどこかの国に雇われてたのだろう。ついでに我が国に対する恨みを晴らそうというつもりもあるだろうけどな」

 玉座の間の扉が静かに開かれ、侍女が顔を出した。

「ヴィルヘルム様、大丈夫ですか?」

「ああ、アカツキが来てくれたからね」

「え!? へんた……アカツキ将軍!」

 侍女は言い直すと感激したように目を潤ませた。

「ヴィルヘルム、まだ何があるかは分からん。ここを死守できるか?」

「ああ、任せてくれ」

「俺はこの階を回って来る。いくぞ、リムリア」

「うん!」

 二人は駆けた。

 そして回廊を折れ、ずっと先にある執務室の前で誰かが剣を交えているのが見えた。

 アカツキが再び駆けたとき、背後から音がした。振り返ると弩を構えた暗殺者が三人、部屋の扉を開けて飛び出していた。

「リムリア!」

 アカツキは本能的に彼女に覆い被さり、背を向けた。瞬間、重い衝撃と激痛が背中に走った。

 アカツキは呻くのを堪え、体を起こすと、怒りの咆哮を上げて暗殺者達に襲い掛かった。

 ダークエルフと思われる暗殺者達は向かってきたが、アカツキの斧の一薙ぎに三人まとめて胴から真っ二つにされ血の海に沈んだ。

 背中の熱く激しい痛みを堪えながら、アカツキはリムリアのもとに戻った。

「そこで戦う者よ! 今、加勢に行くぞ!」

 アカツキはわざと大音声で叫んだ。戦っている味方を鼓舞し、敵の注意を複数に向けるためだ。不意打ちはできなくなったが、これで敵はアカツキにも注意を払わなければならなかった。

「リムリア、行くぞ」

「うん、アカツキ将軍!」

 二人は駆けた。執務室の前には警備兵が三人、暗殺者達を相手に戦っていた。

 その中の一人、大盾を持った兵士にアカツキは見覚えがあった。

「アカツキ将軍! 御無事でしたか!」

「確か、グラン・ローだったか! 陛下は部屋の中か!?」

「そ、それは……」

 グラン・ローは口ごもった。

 何故、言い淀む必要がある?

「アカツキ将軍」

 リムリアが腕を引っ張り爪先立ちになって耳元で囁いた。

「これは兵士さん達の作戦なんだと思う」

「何だと?」

「あえてアムル様がいると思わせて敵を引き付けてまとめて相手にしているんじゃないかな」

 成程。

「そうか、よし、陛下はその中だな! いずれにせよ加勢する!」

 アカツキは敵目掛けて襲い掛かった。

 飛び散る暗殺者を一人斬り、二人斬り、三人目を斬り下げたところで、突然立ち眩みに襲われた。

 これは矢だな。鎧を貫通し背中に刺さっている矢に毒が塗ってあったのだろう。

 だが。

「ウオオオオオオオッ!」

 アカツキは咆哮を上げた。

 負けぬぞ、毒などに!

 斧を振るい、剣を突き出し、兵士達と共に十人近くの暗殺者を挟み撃ちにして掃討した。

 アカツキは斧を床に立て身体を預けた。

「アカツキ将軍、御助勢ありがとうございました。お気付きでしょうが陛下はこの部屋の中には居られません」

 グラン・ローが言った。

 アカツキは朦朧とする意識の中、その言葉を聴いていた。

「シリニーグ将軍には既に夜鷹を飛ばしてあります。間も無く駆け付けることでしょう」

 シリニーグが来る。そうか、ならば安心だ。

 だが、せめてそれまでは俺も戦わねば……。

 一歩、二歩進み、途端に足がもつれて再び斧を床に立てた。

「アカツキ将軍、大丈夫ですか!?」

 誰かが声を掛ける。アカツキは自分が活動限界になるのを感じて命じた。

「グラン・ロー、お前達は階下へ向かえ、そして陛下を見付けて守護しろ。俺も必ず行く」

「分かりました。行くぞ、皆!」

「はっ、副隊長!」

 グラン・ロー達が去って行くのを遠目に見ていた。

 俺も必ず行かねば……。

 立ち上がろうとする。

 と、アカツキは全身の力が抜けるのを感じた。視界が暗転し何も見えなくなった。だが、誰かがその身体を受け止めてくれたのを感じた。

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