三十二話
カーテンが閉められ、日光を遮断した部屋でアカツキはベッドに仰臥し、己の両腕を眺めていた。
暗黒卿には惨敗だった。
だが、前のように悔し涙まで出ることは無かった。
「もっと強くなれアカツキ将軍」
そう言う最強の男の義手が目に入り罪悪感も湧いたのも事実だった。もう少しで謝罪するところだったが、その前に暗黒卿は去って行った。
「もっと強くなれ……か。……今のままでは駄目か」
アカツキはそう言うと眠りについた。
そして翌日からアカツキも兵士達の調練に参加した。
仕事が与えられてからというもの己を磨く暇があまりなかった。
恐縮する兵士達と共に走り、筋肉を鍛え、素振りをした。
息は乱れたが、兵士達よりは平常だった。
「アカツキ、お前を見ていたら血が騒ぎだした。明日からは俺も参加するぞ」
ブロッソが張り切ってそう言った。
その言葉通りブロッソも参加した。
広場の外周をアカツキとブロッソが先頭を争いながら駆け、威厳を見せ付け、その後を兵士達が続く。
兵士達に交じってブロッソもアカツキも吼える様に声を上げて素振りをし、その覇気を見た兵士達は委縮しきっていた。
「お前達も声を出せ!」
ブロッソが指示すると兵士達もそれぞれ、大音声で咆哮を上げた。
「いやぁ、楽しかったな。俺も新兵時代を思い出した。身体も鍛えられるし一石二鳥。今後もこの形で行こう」
終わるとブロッソが言った。
「ああ」
アカツキは頷いた。
「ブロッソ」
「何だ?」
「今より強くなるにはどうすれば良いだろうか」
アカツキが問うとブロッソはしばし思案するように顔をしかめると応じた。
「自分よりも強い者に師事することかな」
自分より強い者、暗黒卿……。
「アカツキ、暗黒卿殿のことを考えているだろう。もっと身近にいると思うのだがな」
「サルバトールか? まぁ奴も強いか……」
「違う違う、お主と同じ二刀流の使い手と言えばシリニーグ殿であろう」
実際剣を交えたことは無い。だが、確かにシリニーグは強そうだ。
「頼んでみるか」
「そうすると良い。強くなったらまた俺と再戦してくれよ。どれほどの開きがあるか知りたいからな」
そうして二人は帰還した。
アカツキは風呂は後回しにし食事を終え、回廊を城門へ向けて歩んでいた。
「アカツキ将軍か。どうだ兵達は?」
日勤の責任者シリニーグが登城してきた。
竜を模った兜からは目と口元以外露出していない。黒い外套を纏い、左右に剣を差していた。
「順調に仕上がっている。兵はな」
「ん?」
アカツキはシリニーグの目を真っ直ぐ見詰めた。
「俺に二刀流を教えてくれないか」
「俺がか? アカツキ将軍なら悪鬼と呼ばれるほどの腕前を既に持っているではないか」
「それでは駄目なんだ。更に強くなるにはな」
アカツキがジッとシリニーグの目を見ているとシリニーグは頷いた。
「正直俺が力になれるのは本当に微力程度だと思うぞ」
「それでも構わん」
「分かった。だが、勤務もある。俺が城に入って一時間だけ修練に付き合おう」
「すま……いや、ありがとう」
「良いさ、俺はアムル様に挨拶をして来なければならん。先に演習場で待っていてくれ」
黒衣の剣士は去って行った。
アカツキは言われた通り、演習場へ向かい、待っていた。
その間、右手に斧を、左手に剣を持ち振り回していた。
「待たせたな、アカツキ将軍」
シリニーグが現れた。
「まずは打ち合ってみようか。刃の潰れた武具でな」
シリニーグは両刃の片手斧と長剣をアカツキに差し出した。アカツキは手に取り、自分の武器とほぼ同じ重量であることを確認した。
相手は長剣二本だ。
「どれ、どちらが先に仕掛けるかな」
シリニーグは兜から覗く口元をニヤリと微笑ませた。
アカツキは駆けた。斧を振り上げシリニーグに打ち掛かった。
二
そこら中を殴打され、アカツキは自分の負けを知った。
二人とも並んで息を整え見詰め合う。
「痛みの数だけ俺が敗北した」
アカツキが言うとシリニーグは応じた。
「いや、急所までは狙えなかったからな、お前はまだまだ立っていられるさ。それよりも」
と、シリニーグはヒビの入った二本の練習用の長剣を見せた。
「力はお前の方が上だ。この剣が圧し折られたらその時は俺の敗北を意味する」
するとシリニーグは踵を返した。
「すまないが、政務に戻らなければならん。だが、充実した時間だった。どうする明日からも続けるか?」
「可能ならば」
アカツキが言うとシリニーグは頷いた。
「分かった、楽しみにしているぞ」
シリニーグは去って行った。
それからというもの、アカツキは兵の調練を終えると演習場でシリニーグを待ち、稽古をつけてもらった。
シリニーグの剣術は言ってみればハヤブサだ。俺の方は野獣のようだ。
だが、そのハヤブサの様な俊敏に振るわれる剣を全て受け止め、アカツキも跳ね返して反撃に躍り出る。
シリニーグは剣に負担をかけさせないためか、避けていた。アカツキの一撃、二撃が空を斬るとすかさず相手の攻撃が始まる。そのペースに乗せまいとアカツキは臨機応変に身体を捻って対応した。
「良いぞ、アカツキ、ガッツがある」
シリニーグが褒めた。
喋るほどの余裕があるのがアカツキを本気の中の本気にさせた。
意地になって反撃すると武器同士がぶつかった瞬間、シリニーグの剣が折れた。
「これまでだ。見事だ、アカツキ」
二人は息を整えながら互いを見つめ合っていた。
「防御の反応も良くなった。そして反撃の隙を窺うこともできるようになった。最初の頃に比べれば成長したんじゃないか」
シリニーグが言うとアカツキはボソリと応じた。
「お前のおかげだ……」
「……そろそろ戦の気配もある。首級を上げられると良いな」
「ああ。だが、この稽古は続けて欲しい。良いか?」
「無論、喜んで」
シリニーグが微笑んだ。アカツキもつられて照れ笑いをし、二人はがっちりと握手を交わしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます