二十六話
コルテスの居城までの間、戦は無かった。
街道を行き、過ぎる村々の人々は家に閉じこもってこちらの様子を恐々と覗き見るだけだった。
三日後、コルテスの城へ着いた。
アカツキの隣にいるブロッソが叫んだ。
「私だ、ブロッソだ! 新たな君主アムル・ソンリッサ陛下をお連れした。門を開けよ!」
戦になるならなるでアカツキは良かったが、門は速やかに開けられた。
「おおっ、ブロッソ将軍! お待ち申しておりました!」
内応した兵士達が右手を胸に当て敬礼した。
「戻ってきたぞ。悪逆コルテスと重臣達はどうしたか?」
「全て縄で縛ってあります」
兵士が応じる。
「よし良くやった、このことをソンリッサ陛下にお伝えしろ」
ブロッソの命令に兵士の一人が駆けて行った。
程なくして、アムル・ソンリッサ、暗黒卿、ヴィルヘルムが現れた。
「ヴィルヘルムはこの場に残れ。何かあれば兵を任せる」
「はっ」
ヴィルヘルムは応じた。
「では行くとしよう」
「御案内いたします! 我らが女王陛下!」
兵士が先に立って歩き始めた。
アカツキとブロッソが先を進み、アムル・ソンリッサを真ん中にして暗黒卿が最後尾を引き受けた。兵士は十人抜擢され、更にその周りを固めている。
城下を馬で進む。大きな町の様だが、今は通り過ぎた村々と同じく閑散とし、住人達は家の中で引きこもっている様子だ。
大通りを西へ進むと城が見えて来た。
門番が歓喜の顔を見せた。
「ブロッソ将軍!」
敬礼する。
「うむ、悪逆コルテスはどこか?」
「他の重臣共々玉座におります。無論、全て縛ってあります」
「分かった」
ブロッソがアムル・ソンリッサを振り返り頷いた。
城門前で馬を下り、玉座へ向かうと、兵士達が待っていた。
その中の一人、アカツキにも見覚えのある兵士がいた。
「ブロッソ将軍、よくぞお戻りになられました!」
「マルス分隊長、よくやってくれた。全てお主のおかげだ」
ブロッソはマルス分隊長と握手を交わした。
その様子を玉座の一番下の段の隅に捕縛されている者達が恨めし気に、あるいは忌々し気に眺めていた。
「この裏切者共が!」
捕縛されている者の一人が叫んだ。
決してふくよかな体形はしてしない。むしろ体格が良く槍でも扱わせれば格好がつくぐらいだった。
アムル・ソンリッサが一人近付いて行った。一人の兵が気を利かせて後に続いた。
「コルテス、憐れだな。今更どうほざこうが、兵にも民にも見捨てられた結果がこれだ。明日、その首をお前がさんざん虐げて来た民衆の前で刎ねてやる。神からの慈悲も無いだろう。震えて待て」
その時だった。
「小娘がああああっ!」
コルテスが立ち上がり足の縄を腕と身体を捲いている縄を破り兵士を殴り飛ばして槍を奪った。
「しまった!」
ブロッソが叫ぶ。
「貴様も道連れだ小娘!」
コルテスが槍を繰り出した。
その瞬間槍はアムル・ソンリッサに届かず途中で受け止められた。
最後まで何が起こるか分からない。兵を一人しか連れずに行く大胆なアムル・ソンリッサの行動を見て、アカツキはいつでも割って入れるよう目を皿のようにしてこの瞬間を待ち受けていたのだ。
剣で槍を受け止め、弾き飛ばし、アカツキは驚愕するコルテスの首目掛けて斧を薙ぎ払った。
コルテスの首が飛び、床に転がる。頸部から血煙を噴き上げ槍を落とし身体は倒れた。
「アカツキ将軍、お手柄だ」
暗黒卿が静かに言った。何と無くだが、暗黒卿程の男だ。この様な展開をアカツキと同じく予測していたのではないだろうか。そしてアカツキが飛び出すことも承知していたのではないだろうか。
またしても手柄を譲られた気分だった。
アカツキは舌打ちした。
縛られた重臣達は震えあがっていた。
「も、申し訳ございません!」
マルス分隊長が額を床につけて謝罪した。
「良い」
アムル・ソンリッサはそう言うと、アカツキに言った。
「よくやったアカツキ将軍」
「フン」
アカツキは応じた。
「お、お助け下さい!」
重臣達が次々声を上げて命乞いをして来た。
「お前達は主君コルテスに忠実だった。だが、欲深くもあった。民に厳しく、国を憂う気持ちすら持ち合わせていなかった。ただ甘い汁のお零れにあずかろうとしていた。そのような不誠実な者達の性根を変えることなどおよそ不可能に近い。コルテスの代わりに民の前でそっ首を刎ねてやる。さぁ、牢まで連れて行け」
アムル・ソンリッサが言うと兵士達が動いて縛られたコルテスの重臣達を引っ張り連行し始めた。
重臣達の命乞いは廊下まで響いて来た。
そして次の日、アムル・ソンリッサは有言実行した。
城下で重臣達を公開処刑した。コルテスの家族も連座し処刑された。その中にはまだまだ幼い子供達も含まれていたが、後の禍根を残すわけにもいかず処断となった。
民達はアムル・ソンリッサを歓迎し、万歳した。
アカツキはその様子を遠くから見ていた。
そして玉座に集められた。
玉座にはアムル・ソンリッサが座り、一段下に暗黒卿が立っている。ヴィルヘルム、ブロッソ、アカツキ、そしてマルス分隊長や他の代表の分隊長が下座にいた。
だが、決してアカツキは頭も下げず、腰も折らなかった。アムル・ソンリッサも気にしない様子だった。
「略式だが論功行賞を行う」
アムル・ソンリッサが口を開く。
「第一の功をマルス分隊長とする」
驚きの声が上がった。
「マルス分隊長には将軍位を与え、この地の太守を務めてもらう。できるな?」
「はっ!」
マルス分隊長は跪き声高に応じた。
「必要な物があればいつでも言え。これが太守の印だ」
暗黒卿が受け取りツカツカと段を下りてマルス分隊長に印綬を差し出した。
「ありがたき幸せに存じます! し、しかし、本当にそれがしでよろしいのでございましょうか。もともとはブロッソ将軍の立てた計略です。我々では到底決断することができませんでした」
「正直だな。第二の功はそのブロッソだ。大陸統一にはお前の武が必要だ。頼りにしている」
「ははっ!」
ブロッソが跪く。
「そういうわけだマルス将軍。ブロッソの力はまだまだ必要なのだ」
アムル・ソンリッサが言うとマルス将軍は再び跪いたまま頭を下げた。
「さて、第三の功だが。アカツキ、お前だ」
「フン」
アカツキが応じると、ヴィルヘルムが慌てて跪く様に促した。
「俺はお前に膝を折るつもりは無い」
アカツキは堂々と応じた。
「構わぬ。コルテスを討った功だ。良くやった」
「フン」
「以上だ。残りの手柄は本城にて詳しく検分する」
そして全てをマルス将軍と分隊長達に任せてアムル・ソンリッサは引き上げの命令を出したのだった。
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