二十七話
デルフィンに続き、コルテス領を併呑し、アムル・ソンリッサの国はまた大きくなった。
接収した兵士も十万以上もおり、未だ包囲網の一角を務める国々は尚も結束を固めて奴らにとってのこの小娘めを討ち滅ぼそうとするだろう。
「そんなことを俺に話してどうする」
演習場でアカツキは睨みを利かせて暗黒卿に応じた。
「アカツキ将軍が活躍できる場はまだまだ残っている。敵も本腰を入れて来るだろう。さもなければデルフィン、コルテスのように呑み込まれるのが見えているからな」
「だからどうした」
アカツキが尚も言うと暗黒卿は分厚い鉄仮面の下で含み笑いを漏らした。
「更に強くなれアカツキ将軍」
暗黒卿はそう言うと去って行った。
アカツキは不思議と前ほど暗黒卿を憎めない自分に気付いた。何故だろうか。父の仇と教えられ、慕っていたダンカン分隊長を殺され、ただただ暗黒卿を討つために今の自分は存在する。しかし、先の戦いで色々とその片鱗に触れ、まるで彼を師のように感じていた。
「馬鹿な。俺の師はアジーム教官だけだ」
光の勢力と相対する時を思い描く。捕虜達のために自分は闇側として参陣するだろう。太守バルバトス・ノヴァー、ツッチー将軍、ファルクス、ラルフにグレイ。皆懐かしかった。しかし、相対するなら彼らを彼らの兵を斬らねばならぬ。
アカツキは直前に出て来た城の防備がまだまだ進んでいないことを祈っていた。向こう側から手を出さなければこちら側からはおそらく戦を仕掛けることは無いだろう。まだ後方都市も地盤が治まっておらず、各地に裂く兵も余裕が無いからだ。それに接収したコルテスの兵士は大部分が農夫だった。彼らは帰農することを許され、兵力は愕然と下がった。
「考え事か、アカツキ将軍」
見れば、竜を模った兜を被った黒衣の将軍がそこに立っていた。
「まぁな」
アカツキはそう応じると右手に斧を、左手に剣を持ち振るった。
「何回やるんだ?」
「千」
「付き合おう」
シリニーグは双剣を手にして振るった。そしてアカツキの隣に並んだ。
二人は素振りを始めた。左右交互に振って一回だ。シリニーグの掛け声からそうなった。脳髄や肩口を割る様に縦に振るい、今度は首を取る様に薙ぎ払う。
次第にアカツキも声を上げ始めた。
二人の声が重なった。
楽しい。アカツキにとって、普通、鍛錬は淡々としたもののはずだったが、こんな思いをしたのは初めてだった。
シリニーグが小さく笑い声を漏らす。目と口元が露出している鉄仮面の下で彼は力強い笑みを浮かべていた。
そうして千回の素振りを終える。
アカツキもシリニーグも息を乱していた。そして目で互いを見て笑った。
「どれ、巡回に戻らなくてはな」
「シリニーグ!」
シリニーグが去ろうとしたとき、アカツキはその背に声を投げ掛けていた。
「ん?」
相手が振り返る。
「あ、ありがとう……」
呼んでいて何だが頭の中が真っ白になった。結局羞恥に耐えながらアカツキはそう述べていた。
「ああ、こちらこそ」
黒衣の双剣使いは笑みを浮かべて回廊へ消えていった。
アカツキは汗を拭い鎧兜のまま厩舎へ向かっていた。
無性にあの駄馬のことが気になったのだ。
真夜中に差し掛かっていた。城の中は行き交う兵士や重臣達で賑わっていた。
「アカツキ将軍、コルテスから陛下を守ったそうだな」
老齢の見知っただけの将軍が声を掛けて来た。
アカツキが答えずにいると相手はアカツキの肩の後ろをバシリと叩いて言った。
「よくやってくれた。あのコルテスめがタダでは起きないことをワシは予測していたのじゃが、陛下に進言するのを忘れていたのでな。実に不安じゃった」
「そうか」
アカツキが言うと老臣は頷いた。
「後は一刻も早く闇の大陸を統一して、アムル様に子を成して貰えればほぼ安泰じゃのう」
老臣はそう言うと去って行った。
アムル・ソンリッサが闇の勢力を討滅し統一したら次に向くのは光となる。
城の大きな門を過ぎ厩舎へ着くと中は独特のにおいに包まれていた。藁とフンの臭いだ。肉食馬はその名の通り肉を主食とする。そのためフンも臭うらしい。
せっせと働いている厩舎の者達を眺めていると、聞き覚えのある鳴き声が木霊した。
「あ、アカツキ将軍!」
リムリアが振り返り手を振って来た。
「ようこそ! ストームをかまってあげてよ!」
アカツキは厩舎の中を進んでゆく。働く者達が恐縮するようにして道を開いた。
ストームは長い首を伸ばし、真っ赤な瞳を向けてアカツキの顔を舐めた。
「こら、やめんか」
アカツキが言うとリムリアが笑った。
「嬉しいからそうやるんだよ」
「それは分かっている」
するとリムリアが長柄のブラシを差し出した。
「これで背中とか首の後ろとかすいてあげて。喜ぶから」
アカツキはブラシを受け取りストームの背をそれで撫でた。
ストームはうっとりするように目を細めた。
今まで肉食馬に良い印象は持っていなかった。闇の勢力の主戦力だからだろう。それに犬や狼が潰れて膨れ上がった異形な顔立ち。ただただおぞましく思っていたのだが今は違う。
この駄馬が愛おしい。
「ストーム」
アカツキは馬の名を呼んだ。
ストームはこちらへ顔を向けた。
「色々と、良くやってくれた」
アカツキはそう言うと顔を撫でていた。
「たまには遠乗りに出掛けてみてはいかがでしょうか?」
そう声を掛けて来たのは厩舎の管理人ウォズ老だった。
「良いのか?」
「監視付きですが」
そう声がし振り返ると笑顔の道化の仮面をつけたガルムが立っていた。相変わらずの赤装束だった。
アカツキは舌打ちしなかった。それはそうだと思ったからだ。
ブラシをリムリアに返した。
「ウォズ殿、ストームの事頼んだ」
「お任せ下され。リムリアがはりきってやってくれます」
「そうだよ、あたしアカツキ将軍のためにはりきっちゃうよ!」
天真爛漫な声を響かせ彼女が言うとアカツキは頷いて外へ出た。
「お前は幽鬼の様だな」
アカツキがガルムに言うと相手は仮面下で女の様な笑い声を上げた。
「褒めているのか、貶されているのか悩む言葉ですね」
そうして相手は言った。
「そうそう、首の件ですが、ガンシュウとコルテスの首を陛下がお認めになられました。しかし、勿体無いことをしましたね。暗黒卿がブンリョウの首を差し出してくれたのに無下にお断りになられるとは」
「俺は俺の手で立てた手柄で捕虜達を釈放したい。ガンシュウも暗黒卿に機会を与えられたようなものだった」
アカツキが言うとガルムは再び笑って言った。
「それでも後、九つの首を取れば国へ帰れますよ。しっかり働いて下さいね」
ガルムは城下町の方へ去って行った。
「残り九つか」
アカツキは再び複雑な心境になった。
変だ。頭に浮かんでくるのは、ヴィルヘルムやシリニーグ、暗黒卿達で、ラルフやグレイ、ファルクスはその次だった。
残り九つの首を取るのが名残惜しいとでも言うのか?
アカツキは自問したが自答は返ってこなかった。
だが分かっていることがある。闇の勢力、このアムル・ソンリッサの臣や民を自分が愛するようになってきたことを。
毒され過ぎたか……。
彼は強く頭を振り、再び演習場へと向かうことにした。
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