二十三話
「ボク、お名前は?」
リムリアが泣きじゃくる子供を相手に腰を落として優しく問いかけた。
「ルイス」
子供はそう応じた。
「うんうん。ルイス君って言うんだ。お名前言えて偉いね。ルイス君、お父さんとお母さんは?」
「どこかに行っちゃった!」
ルイスはそう言うと再びワーワー泣き喚いた。
アカツキはうんざりしながらそれでも今更見捨てるわけにもいかずその場に留まっていた。
「アカツキ将軍」
リムリアが振り返った。
「何だ?」
アカツキは面倒な予感がしたが応じる。
「ルイス君を肩車してあげて」
「何でそんなことまでしなきゃならん」
アカツキが言うとリムリアは答えた。
「この人混みだからお父さんもお母さんもルイス君のこと見つけ辛いと思うの。だから背の高いアカツキ将軍が肩車すれば嫌でも目立つでしょう?」
この女は本気で迷子の親探しをするつもりだ。アカツキは舌打ちし屈んだ。
「ほら、乗れガキ」
「ルイス君でしょ!」
リムリアが厳かな口調で言った。
「ちっ。ルイス、乗れ」
アカツキが言うとルイスはアカツキの肩に乗った。
「小便垂れるなよ」
アカツキは泣き止んだ子供に向かってそう言った。
「ルイス君、もうオネショしないもんね?」
「ううん、まだするよ」
その答えにリムリアは苦笑してこちらを見上げていた。アカツキは舌打ちし歩き出す。
「ルイス君のお母さん! ルイス君のお父さん! いらっしゃいませんか!?」
リムリアが声を上げ、アカツキは子供を肩車したままその隣を歩く。リムリアも小柄なため、魔族の人々の雑踏に交じり、いまいち声が届かないようだった。
「アカツキ将軍!」
リムリアが意味あり気にこちらを見上げる。
アカツキは嫌な予感がした。
「アカツキ将軍が大声出してくれた方が手っ取り早いかも。ね?」
「何が、ね? だ。俺は声を出さんからな」
アカツキが応じた時だった。
「お、オシッコしたい」
肩の上のルイスがそう言った。
アカツキは慌てた。そして舌打ちし、大きく息を吸い込んだ。
「ウオオオオオオッ! このガキの親はさっさと名乗り出ロオオオオオオオッ!」
一瞬、戦場の戦士の気分になった。
雑踏が静まり、人々がこちらを見てあんぐり口を開けている。
アカツキは舌打ちした。
その時だった。
「ルイス!」
二人の人物が駆け寄ってきた。アカツキよりもまだ若い夫婦だった。
「兵士さん、うちの子を保護してくださり、ありがとうございます」
父親の方が言った。
「ルイス君良かったね」
リムリアが微笑んだ。
「うん! あ、オシッコ」
「そりゃ大変だ。兵士さん、まともにお礼も申し上げられずにすみません。これで失礼します!」
息子の危機に夫婦が慌てて去って行く。父に抱かれながらルイスは手を振って言った。
「お姉ちゃん、アカツキショウグン、バイバーイ!」
そうして一瞬の出来事に静まり返った町は何事も無かったかのように再び動き出した。
リムリアは手を振り見送るとこちらを見上げた。
「アカツキ将軍、ありがとう。それにしても思ったより大きな声でビックリしちゃった」
アカツキは舌打ちした。
「さぁ、町に来たからには買う物があるでしょう」
「何だ?」
食事は城で出るし、武器も防具も支給されてくる。何が必要だと言うんだ。
そのアカツキの疑問を察したようにリムリアは言った。
「服だよ、アカツキ将軍。このままだと外に出る時、ずっと鎧だけになっちゃうよ」
「それがどうした」
「それがどうしたじゃないでしょう! 余所行きの服の一枚も無いなんて恥ずかしいよ!」
リムリアがアカツキの手を引っ張り始めた。
アカツキは溜息を吐いて後に続いた。
途中、魔族の民に道を教えてもらい服屋に辿り着く。
結局、リムリアは服を幾つか買った。おしゃれでもするのかと思ったが、実際は見ていて無難な地味な物が多かった。そしてアカツキも服を買わされた。金は共通で金貨や銀貨で支払えた。
既に夜も更け始めていた。外を行く人の数も少し減ったようだった。
アカツキはリムリアの分まで荷物を持たされながらようやく城の門の近くまで帰還することができた。
すると暗黒卿が出てくるのが見えた。
「待て暗黒卿!」
その後をアムル・ソンリッサが追い掛けて来る。
リムリアがアカツキの手を引っ張り、二人は街路樹の陰に隠れた。
「どうして私の思いを受け取ってくれないんだ!」
アムル・ソンリッサが追いつき暗黒卿の大きな肩を引っ張る。
「アムル、お前の思いは分かった。だが、一緒になるべきではない。我に国王など務まるはずもない」
「政務は女王として私がやる! だから、暗黒卿! いや、ズィーゲル! 私と結婚してくれ!」
「アムル。何度も言うが、それはできん。魔族の人生は長い。必ずや適格な人物がお前の前に現れるはずだ」
暗黒卿はそう言うと城下町へ向けて歩いて行ってしまった。
「ううっ、何故だ。何故だ、暗黒卿……」
アムル・ソンリッサがその場で項垂れているので、アカツキ達は出るに出られなかった。
人の恋愛事情など知ったことでは無い。
アカツキが踏み出そうとするとリムリアに固く止められた。
やがて君主アムル・ソンリッサは寂し気に肩を落とし城内へ消えて行った。
「アムル様、可哀想」
リムリアがそう言った。
「放って置け。他人の恋愛事情なんかに首を突っ込むな。ロクなもんじゃない」
アカツキは何故か親身になってリムリアに向かって言った。
すると彼女は拗ねた様に睨み返し、力いっぱい手を引いて歩き始めた。
アカツキはその後に続いた。
「今日はお買い物に付き合ってくれてありがとう、アカツキ将軍」
部屋の前で来るとリムリアが言った。
「これでもう無効だからな」
「分かってるよ。でもあたし、アカツキ将軍のあの叫び声一生忘れない」
そう言われアカツキは身体中が火照った。
「あれはあのクソガキが小便だとかほざくからだ!」
するとリムリアは笑い声を上げた。
「うん、分かってる。じゃあ、おやすみなさい、アカツキ将軍」
彼女は手を振って部屋へ入って行った。
アカツキも部屋へ入った。
それにしても肩が凝った。不意に斧と剣が自分を呼んでいるような気がした。
夜明けまでまだ時間がある。眠る前に少しだけこいつらを振って来よう。
アカツキは演習場へと向かったのであった。
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