二十二話

 目を開ける。

 見知った天井、ここが部屋だと分かる。

 閉められたカーテンの向こうから夕闇が近いことを感じ、アカツキは身を起こした。

 その過程で毛布が滑り、胸の辺りに抱き付くリムリアの姿を見付けた。

 アカツキは舌打ちした。

 この女はまたしょうもない、いたずらを。

「おはよう。アカツキ将軍」

 リムリアが目を開いて欠伸をした。

「御目覚めのキスして」

「するわけが無いだろう。それに寝覚めは口が臭う」

「あたしの息が臭いって言うの? そんなこと女の子にそれも恩人に言っちゃうんだ」

「恩人だと、誰がだ?」

 アカツキはリムリアと目を合わせた。相手は凝視し離さない。

「お前が、俺の恩人?」

「そうだよ。アカツキ将軍、あたしの部屋の前でフニャフニャ倒れて寝ちゃったんだよ。覚えてない?」

「そんなことあるわけが――」

 アカツキは反論しかけながら記憶の糸を辿った。

 暗黒卿との打ち合い、シリニーグの寄越した薬。

「あ」

 アカツキは声を上げた。

「気付いたんだ」

 リムリアがニッコリと勝ち誇ったような笑みを浮かべながら言った。

 あの薬の効力が発揮され、自分はこの扉の先にある廊下でもがいていた。

 もがく? 

 暗黒卿の言葉が甦る。

「だが、その飢えた獣のようなもがき方は嫌いではないぞ。どうした、もう終わりか? もっともっともがいて見せよ」

 アカツキは舌打ちした。

「大変だったんだよ。アカツキ将軍の鎧外して寝巻に着替えさせるの」

 リムリアが言い、アカツキは溜息を吐いた。

「悪かった」

「え? もう一回言って?」

「悪かった!」

「もう一回! もう一回!」

 はしゃぐリムリアに拳骨を落とした。

「痛いっ!?」

「いい加減にしろ」

 そうしてようやく彼女はアカツキの胸回りから手を離してくれたのだった。

「お前に迷惑を掛けたのは分かった」

 アカツキはベッドから出る。

 机に花が飾ってある。

 ここはリムリアの部屋の様だ。今更驚くことではないが。

「時間だ。色々悪かったな」

 アカツキはそう言うと鎧を担ぎ上げ、兜を被り、斧と剣を抱えて部屋を出ようとする。だが、その背に声を掛けられた。

「アカツキ将軍、あたし今日非番の日なんだ。もし、アカツキ将軍も非番だったら城下町に行ってみない?」

「今、この国は多方面に敵を抱えている。非番など有り得んと思えるが……」

「もしもだよ。あたしに迷惑掛けちゃったお返し!」

「自分で言うな。じゃあな」

 アカツキは部屋を出た。そして自室へ戻り、彼の出仕のスタイルである鎧に着替えた。兜を小脇に抱え、腰の左に斧、右にダンカン分隊長の形見の片手剣カンダタを差している。



 二



「以上だ」

「はっ!」

 玉座に揃った諸将は主君であるアムル・ソンリッサにそれぞれ各所への守りと援軍に出向くように命じられたのだがアカツキの名は呼ばれなかった。

「じゃあな、アカツキ」

 肩を叩いてヴィルヘルムが諸将と共に去って行った。

 玉座にはアムル・ソンリッサがいるだけだ。

「おい」

「何か、アカツキ将軍?」

「俺は何処へ行けば良い?」

「お前は働き過ぎだ。だから今日は暇を出す」

「何だと!?」

 思わぬ言葉にアカツキは驚き、怒った。

「貴様、俺に首を取らせるつもりはあるのか!?」

「ある。だが、お前は今は我が臣下だ。暗黒卿やサルバトール子爵のように客将でも無い。我が臣下である以上は、我が命令に従ってもらおう」

「ちっ」

 アカツキは舌打ちし玉座から出ようとした。力を込めて扉を閉めようとしたとき後ろから主君の声が掛けられた。

「アカツキ将軍、くれぐれも物に八つ当たりはせぬように」

 アカツキは舌打ちし、扉を優しく閉めた。

「じゃーん、当ててみせよう!」

 玉座の間の外で暗闇でも見える眼鏡を掛けたリムリアが腰に片手をやって、もう片方でアカツキを指差した。

「ずばり、アカツキ将軍も非番の日でしょう!?」

「ああ、そうだ」

 アカツキは苛々しながら応じた。

「城下町に行こうよ、アカツキ将軍! あたしに迷惑掛けたお返し!」

 ここで無視してもこいつはいつまでも恩着せがましく迫ってくるだろう。

 アカツキは舌打ちした。

「さっさと行くぞ。城下なんざ暇なだけだろうがな」

 本当ならこんな機会は剣を、斧を振るっていたかった。あの暗黒卿に追い付くために。

 適当な衣装も無かったので二人とも鎧姿だった。

「これじゃあ、巡察に行くみたいだね」

 リムリアが笑って言った。

 アカツキは応じなかった。

 兜越しに見える風景は夜だが鮮明だ。

 魔族の民達がそこら中を闊歩している。

 アカツキは気が滅入った。リムリアに手を引かれ、魔族共の間を縫う様に進んで行く。

「アカツキ将軍、早く早く!」

 そう急き立てられるが、何か欲しいものでもあるのだろうか。

 そうして辿り着いた路地の一角で泣いている魔族の子供を見付けた。人間でいえば三歳児ぐらいだろうか。リムリアが近付いて行くのを見て、厄介事を抱えるのだなと、アカツキは舌打ちした。

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