二十話

 砦前に屍兵を展開し、三日待ったが、コルテスは攻めて来なかった。

 ブロッソがただ一人先行し斥候の役目を務めている。

 ガルムは外で待機していた。

 アカツキは屍兵のにおいに耐え切れず城壁の上で物見をしている。

 そろそろ夜が明ける。

 幾度か敵の斥候隊が出てきたが、ブロッソが相手をし、おそらくは諭して懐柔し速やかに帰させていた。屍兵を使ったことも伏せられているだろう。

 陽が顔を出してきた。

「そろそろですね」

 下でガルムが言い手の人差し指をグルグルと掻き回した。

 すると魔法陣が空間に現れた。

 程なくして顔だけ知っている年配の将軍二人が魔法陣から降りて来た。

「ガルム殿、屍兵を速やかに帰してやってくれ」

 将軍の一人が言った。

「交代の兵員が出来たのですね」

 ガルムが言うと将軍二人は頷いた。

「まぁ、守るだけならな」

「そうですか。それと少々込み入った話になりますが、敵の中に内応者ができそうです」

 ガルムが言うと二人の将軍は驚いた声を上げた。

「音に聴こえし猛将ブロッソ殿が帰順して下さいました」

 二人の将軍はまたもや驚いた声を上げた。するとその噂をしていた本人が馬を飛ばして戻って来ているところだった。

「戻り申した」

 するとブロッソは跪いた。

「ブロッソ殿、立ちなされ」

 将軍の一人が穏やかな口調で言った。

「しかし、私は兵卒すらの今や身分を持たぬ者です」

「何を言っているのだ、音に聴こえしコルテス軍の猛将ブロッソ殿を我らが無下に扱ったりするものか。陛下もきっと改めて将軍の位を下さるだろう。ガルム殿、それとアカツキ将軍、しっかり取り計らうのだぞ! さ、御立ちなされ」

 ガルムは一礼し、アカツキはこちらを見上げる顔に頷きはしなかった。だが、もしも忠烈無比のブロッソをぞんざいに扱おうものならアムル・ソンリッサに一戦挑む覚悟はあった。

 ガルムが呪文を唱えた。

 屍兵達が淡く光り、そしてその姿は昇華し、姿は無くなった。

 すると魔法陣の向こうから次々魔族の兵達が騎兵に歩兵と飛び出してきた。

 お役御免というわけだ。アカツキは階下に下り、外に出た。

「コルテスの兵達はおそらくまともに戦おうとしないでしょう」

 ブロッソが言った。

「ふむ、犠牲の出ぬ戦い方、いや、あしらい方を我々はすれば良いのだな?」

「はっ」

 将軍の一人が問うとブロッソは頷いた。

「あい分かった。ここは任せておけ」

 一人の将軍が言った。そしてアカツキ達は兵士達と入れ替えに魔法陣を潜ったのだった。





 城下はお祭り騒ぎだった。

 宿敵デルフィンをアムル・ソンリッサ達は討ったらしい。

 そんな賑わいを後にし、貴族街を行き、三人は厩舎へ入った。

 肉食馬達は帰還していた。

 アカツキ達は馬を下りた。

「あ、アカツキ将軍! お帰りなさい!」

 今は朝だ。特殊な眼鏡を外したリムリアが出迎えた。

「リムリア、朝から大変でしょう」

 ガルムが言うと、リムリアは頭を振った。

「ううん、あたし、お馬さんのお世話好きだもん。あれ? 新しい人だ!」

 リムリアはブロッソを見て言った。

「お初にお目にかかる。私の名はブロッソと申す」

「ブロッソさんだね。あたしリムリアだよ、よろしくね」

 リムリアはそう言うと三頭の手綱を握った。

「お腹空いた? そう、じゃあたくさんご飯あげるね」

 リムリアが桶に入った肉を与える。

 その様子を見てアカツキは安堵していた。だが、何故安堵しなければならばならいのか分からなかった。

 彼女が相変わらず元気そうだからか。馬屋の仕事が上手くいっているからだろうか。

 アカツキとガルムはブロッソを伴い城の玉座へ向かった。

 玉座にはアムル・ソンリッサがいた。

「陛下、デルフィンを討ったそうですね。おめでとうございます」

 ガルムが言った。

「ああ。そちらこそ御苦労だった。それで、そちらの戦士は何者か?」

「コルテス配下の猛将ブロッソ殿です。アカツキ将軍の説得により、新しく我が軍に下られました。陛下、ブロッソ殿に将軍位をお与えください。それとアカツキ将軍の首の数を一つ分減らしていただきたいのです」

「分かった。二つとも認めよう。ブロッソ今後ともよろしく頼むぞ。そしてアカツキ、良くやった」

 アカツキは応じなかった。アムル・ソンリッサの前で膝を屈していないのは彼一人だけだった。それでも相手は咎めることは無い。

「さっそくですが陛下」

 ブロッソが口を開き、コルテスの国の悲惨な状態を訴え出た。

「内応者を募るのには時間がいるだろう。ブロッソ将軍、気持ちは分かるが今少し待つ方が懸命だろう」

「はっ、しかし」

「分かっている。近々コルテスを攻めることにする。約束しよう」

「ははっ!」

 ブロッソは恐縮したように床につかんばかりに頭を下げた。

 そうしてアムル・ソンリッサの前を後にする。

「それではアカツキ将軍、私はブロッソ殿をお部屋に案内しますのでこれで。しっかり休まれますように」

 ガルムが言った。

「アカツキ将軍、貴殿のおかげで悪逆コルテスを討てることになった。礼を言う」

 ブロッソが頭を下げた。

 アカツキはこそばゆい気持ちになりながら必死に照れを隠した。

 ガルムとブロッソは去って行った。

 アカツキも歩み始める。

 ろくに身体を動かしていない。このままだと眠れないだろう。足は城内の演習場へ向かっていた。

 この時間帯ならば誰もいないだろう。軽く汗を流すつもりで演習場へ踏み入る。

 すると分厚い風の音色が耳に届いた。

 見れば、先客がいた。

 全身を鎧に包んだ素顔さえも未だに目にしたことの無い仇敵だった。

「アカツキ将軍か。任地から戻ったか」

 アカツキは斧と、剣を引き抜いた。そして敵を睨み付ける。

「フフッ、良いだろう。相手になろう。かかって来い」

 暗黒卿がそう言った。

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