狂源追想(その八)

 それは、俺が予想だにしない言葉であった。


「……残念ながら、それはできない。何故なら今、ラグナは……の身なんだ」


 グィンさんの返事に、俺の反応は一瞬遅れた。一瞬遅れて、動揺で震える声を絞り出すので精一杯だった。


「ゆ、行方不明……ですか?」


 不甲斐なく、そして情けない俺の言葉に。グィンさんはその首を重々しく縦に振り、それから申し訳なさで満ちた声で話し始めた。


「二年と少しにもうなるかな。我々の前から、『大翼の不死鳥フェニシオン』からラグナが姿を消して」


 ──に、二年……!?


 グィンさんの言葉に、俺は堪らず絶句してしまう。硬直し、その場に立ち尽くすしか他ないでいる俺へ、グィンさんが困ったように、依然申し訳なさそうに言葉を続ける。


「ラグナには昔から放浪癖があってね。こうして行方を晦ますのは、実はしょっちゅうのことなんだ。……ただ、それでも数日、長くとも一週間くらいでいつもはちゃんと帰って来てくれるんだけどもね。『世界冒険者組合ギルド』の助けも借りて捜索してるけど、流石と言うべきか彼は尻尾の先すら我々に掴ませてくれないんだ。……おかげさまで、こちらもほとほと困り果ててしまっているよ」


「……な、なるほど。そう、だったんですね……」


 世界オヴィーリス最強の一人、《SS》冒険者ランカー。『炎鬼神』の異名で世界中から畏れられ、敬われている人に。俺の夢で、俺の目標で、俺の憧れであるその人に。まさか、そんな放浪癖があるとは全く知らなかった。……まあそもそもの話、《SS》冒険者について『世界冒険者組合』から公開されている情報はごく僅かで、それも最低限のものしかないので、知らないのも無理はないのだが。


 しかし、今それは重要なことではない。今重要なのは、現在この街には、この『大翼の不死鳥フェニシオン』には俺の夢はいないということ。目標はいないということ。そして……憧れはいないということ。その事実と現実が、俺の頭の中に染み込み、溶け込んで。どうしようもなく、俺の意識を呆然とさせてしまう。


「野良猫並みに気紛れな気分屋だからな、ラグナの奴は。にしても、やっぱり目当ては最強冒険隊チームじゃなく、《SS》冒険者だったか……まあ薄々わかっていたが、こうはっきりとそれを認めざるを得ねえと、流石のジョニィさんも堪えるもんだな」


 俺が呆然としていると、横に立つジョニィさんがそう呟いて、その雰囲気を暗く重く変化させていた。俺はハッとし、慌てて弁明の言葉を繰り出す。


「すっ、すみませんっ!勿論ジョニィさんのことだって尊敬しています!……ただ、その……俺が一番最初に凄いって思えたのは……」


「ハハッ!別に構いやしねえよ。だって俺も凄えなって、敵わねえなって思っちまってんだからよ。そうさ、ラグナの奴は凄えんだ。アイツは『大翼の不死鳥』の誇りさ!」


 流石はジョニィさんというべきか。俺の言葉を聞き、彼は豪快に笑い飛ばしていた。そしてそこには、一切の偽りなどなく、それが本当の、心の底からの言葉なのだと思わせた。


「……という訳で、今君にラグナを会わせることはできない。彼がいつ『大翼の不死鳥』に帰って来るのかすらも、今やわからない。……それでも、君はこの組合の試験を受けてくれるのかい?」


「…………」


 俺の夢は、俺の目標は、俺の憧れは。《SS》冒険者、『炎鬼神』──ラグナ=アルティ=ブレイズさんだ。それは変わらないし、変わることもない。……けれど、だからといって。


「受けます。受けさせてください。だって俺は、その為に冒険者ランカーを選んだんですから」


 この選択を、拒否する理由にはなり得ないのだ。



















 俺は待つことにした。『大翼の不死鳥フェニシオン』が、『世界冒険者組合ギルド』の助けを借りてなお、見つけられないのだから。俺なんかが、見つけられる訳がない。だから、待つことにした。


「『大翼の不死鳥』の冒険者ランカーたちに告ぐ!今日、ここに今。新たな同胞一人、立った!」


 ほんの僅かでもいい。たったの一言二言でも構わない。だからせめて、それに見合うだけの実力を。それに叶う実績を。待っている間に、俺は身に付けることにしたのだ。


「名はライザー、ライザー=アシュヴァツグフ!『大翼の不死鳥』の新しき────《S》冒険者だ!」


 俺は待つ。俺の夢が、俺の目標が、そして俺の憧れが。いつか帰って来る、その日まで。

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