二十六
今日もダンカン隊は猛稽古を終えた。
「今日の隊長、いつも以上に気合入ってましたけど、どうかしたんですか?」
フリットが汗を拭いながら尋ねて来た。
「ちょっと、心に決めたことがあってな。……いつかのお前と同じだ」
「俺とですか?」
「ああ」
稽古が終わり、面々は引き上げてゆく。
ダンカンはカタリナの背を見付けて呼び止めた。
「カタリナ!」
「隊長、なにかしら?」
ダンカンは彼女に近付きながら心を固めていった、朝出会った太守、バルバトス・ノヴァーの言葉を思い出す。俺を応援していると。
ええい、惜しいものなど俺には何もない! それよりも気持ちの靄に決着をつけてしまおうではないか。
「カタリナ」
ダンカンは彼女の前に来ると今一度呼吸を整え、相手の名を呼んだ。
「隊長、今日の稽古、いつも以上に我武者羅だったわね」
カタリナが微笑む。
と、ダンカンの心は決まった。
「俺と付き合ってはくれないか」
真っ直ぐ相手の目を見てそしてゆっくりとした口調でダンカンは言った。
カタリナが一瞬驚いた表情を見せた。
「好きなんだ。お前が」
ダンカンはそのまま言葉を付け足した。
カタリナは応じた。
「私なんかで良いの? もっと若い子だっているわよ」
「お前じゃなきゃダメなんだ。どうだろうか?」
するとカタリナは優しい笑みを浮かべて頷いた。
「嬉しいわ、隊長」
「と、いうことは!?」
ダンカンは驚きつつ尋ねた。
「良いわよ。御付き合いしましょう、隊長」
ダンカンはカタリナの名を叫びながら抱き付きたかったが、まだその段階では無いことを察し、高揚する心を落ち着けて頷いた。
「カタリナ、ありがとう。こ、これからよろしくな」
「ええ、こちらこそ。私達、逢瀬なら稽古でできるしね」
「確かにそうだが、たまには城下で美味いもんを食おうぜ。ふ、二人きりでな。御馳走する」
「そうね。楽しみにしているわ。それじゃあ」
カタリナは去って行った。
その背が無くなるとダンカンは一人ぼっちの訓練場で雄叫びを上げた。
「ヒャッホーイ!」
彼の思いは無事に成就した。ダンカンは興奮しつつ安堵していた。
だが、これからが肝要だ。お互いがお互いの良いところ、悪いところを探し出し、本当に結婚に相応しいのか見定める期間となったのだ。
カタリナには武で引けを取る。ならば他の部分で頑張るしかない。
ダンカンはそう考えたのであった。
二
ある日、鬼の様な修練は休みとなり、久々にダンカンはのんびりした空気を味わうこととなった、カタリナと一緒に。
コロイオスからの補給部隊が来たのだ。だからこそフリットのことを思い、ついでに休みとしたのだ。
ダンカンはカタリナと一緒に城下町を歩いていた。
不器用なダンカンは相変わらず人混みにぶつかりそうなったが、カタリナが手を握って引いてくれた。
「これではどっちが逢引きに誘ったのか分からんな」
ダンカンが言うとカタリナは微笑んだ。
「でも、隊長のそんなところが好きよ」
「俺が人混みに右往左往するところがか?」
「ええ、可愛いもの」
「か、可愛い?」
ダンカンは照れるべきなのか思案した。
「隊長、私行ってみたいところがあるの」
「何処だ?」
「武器屋よ。あのスリナガルの品が飾ってあった」
「ああ、あの武器屋か」
ダンカンは何とかあの名工スリナガル作の短剣、オーク殺しを買えるだけの蓄えはあった。
彼女にプレゼントするかどうか。
少なくとも名工の名を借りずにこうして交際することができたのだ。
それなら今までの礼も含めてプレゼントしてみるか。
ダンカンは心を決めた。
そうして武器屋に到着する。
そこにあの短剣の姿は無かった。
「あら、売れちゃったのね」
カタリナが驚いたように言った。
ダンカンも出鼻を挫かれた思いになった。
すると店主が出て来て言った。
「アンタ、あんなに通い詰めだったのに残念だったな。あの剣は売れちまったよ」
カタリナがダンカンを見る。
「隊長もあの短剣が欲しかったの?」
「あ、ああ。まぁ、その……お前にプレゼントできれば思ってな」
「まぁ、そうだったわけ。でも、隊長の手に渡らなくてよかったわ」
「ん? どういうことだ?」
「だってそしたら隊長の告白を名工スリナガルの名前と剣に持っていかれるところだったかもしれない」
「名工の剣は無いが、今の俺はどうだろう? それでもお前にとって魅力的かな?」
ダンカンがおずおずと尋ねると、カタリナはニッコリ笑った。
「当り前よ。ダンカン隊長」
「それなら良かった」
ダンカンは安堵した。これから先、何度もこうして安堵するのだろう。もっと自分に自信を持たねばならんな。
「店主、買っていったのはどんな人物だったかな?」
ダンカンが気になって尋ねると店主は応じた。
「ああ、残念な事に商人風の男だったな。せっかくの名工の剣も飾られるのか、これまた売られてゆくのかはわからんが。今となって言うけど俺としてはアンタに買って欲しかったな。金はあるんだろう?」
「まぁな」
すると店主がニヤリと笑った。
ダンカンが不思議に思っていると、店主は足元から一振りの短剣を捧げ上げた。
見間違うはずもない、スリナガル作のオーク殺しだ。
「店主? これは一体!?」
「そうよ! 売れたって言ったじゃない!?」
ダンカンとカタリナが言うと店主は応じた。
「彼氏さんがほとんど毎日足繁くこの剣を見に通ってくるものだからな。どうしてもアンタに売りたくって、陳列棚からは外してたんだ」
「売ってくれ!」
ダンカンは開口一番そう叫ぶと慌てて路銀の詰まった巾着を四つ差し出した。
「隊長!? 無理しなくて良いのよ!?」
カタリナが止めようとするが、店主が巾着袋を掻っ攫い、棚の上に中身をあけて数えていた。
「隊長、本当に無理しなくて大丈夫だから」
カタリナが言うがダンカンは頭を振り言った。
「俺からプレゼントさせてくれ。お前ならこの短剣を使いこなせるだろう。剣は使ってやらなきゃ可哀想だからな」
店主が数え終わり頷いた。
「よく我慢なさったな、彼氏、いや隊長殿。このオーク殺しはアンタの物だ」
店主が短剣を差し出した。
「すまんな、店主。心遣い本当に感謝する」
そしてダンカンはカタリナを振り返った。
「カタリナ、しっかり使ってやってくれよ」
ダンカンが短剣を渡す。
「本当に受け取って良いの?」
「ああ。お前の様な戦士にこの武器は相応しい。華の無い贈り物だが、受け取ってもらえると嬉しい」
「た、隊長……」
カタリナは驚いた顔を引っ込め頷いた。
「ありがたく受け取らせてもらうわ。本当にありがとう、ダンカン隊長」
カタリナは抱き付くかと思ったが、しっかりと敬礼した。
「おいおいカタリナ」
「だって本当に嬉しいんだもの」
「だからって敬礼することは無いだろう」
ダンカンは笑った。そのうちカタリナも笑い出した。
「そうね」
カタリナにあの剣を贈ることができて本当に良かった。ダンカンはそう思ったのだった。
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