二十二

 城下町を巡り、なるべく、おしゃれな店を探そうとダンカンは思った。

 しかし、そう考えて顔を覗かせた店は飲み屋だった。

 引き返そうと思っていたがもう遅かった。

「いらっしゃいませ、二名様ですね。お好きな席へどうぞ」

 笑顔の眩しい給仕の少女に見つかってしまった。

 客はいなかった。二人で静かに過ごせると言えばそうだが……。

 カウンターの向こうに店主がいた。毛髪を剃り落としその頭は光り輝いていた。

 これは見事だ。日の出を見ているようだ。神々しさを感じる。ヤギ髭も賞賛に値する。ダンカンがそう思っていると初老の店主が仙人のような笑みを浮かべて頷いた。

「ここ良さそうね。隊長、入りましょ?」

「そうだな」

 ダンカンの背中に手を当てながらカタリナが促す。

 そして奥の席にダンカンは歩んで行った。

 席に座り、ダンカンは一息吐いた。

「今日はお休みですし、早いけどお酒でも頼みましょうか?」

 カタリナが提案してきた。

 ダンカンは彼女がそう言うならばと頷いた。

 給仕の少女が寄って来る。

「お決まりでしょうか?」

「ええ。麦酒二つと、私は鶏の香草焼きを。隊長は?」

「え? 俺か?」

 ダンカンは慌てて周囲を見回した。

 店内の壁にはお品書きが大きな文字で記されていた。

 するとそこに一際目を引く料理があった。

「おお! 俺はハンバーグを!」

 ダンカンが思わず言うと、カタリナが吹き出した。

「ん? ど、どうかしたか?」

 ダンカンが問うとカタリナは応じた。

「いいえ、隊長って可愛いなって」

 ダンカンは褒められたのか、そうじゃないのか分からなかった。ただ後者じゃ無ければ良いなと願った。

 給仕の少女が注文を繰り返し、去って行く。

「隊長ってハンバーグがお好きなの?」

 二人は対面するように座っている。カタリナが正面を見ればそれは自然とダンカンの顔を見詰めるのは当然のことだった。

「まぁな。ガキの頃から、おふくろの手作りのハンバーグが大好きだった。だからハンバーグにはうるさいぞ」

 ダンカンは挑むようにカタリナを見て言った。

 さて、飯が来るまでどう会話を続けてゆこうか。

「カ、カタリナ、お前は何が好きなんだ?」

「私は何でも食べるわよ。ゴボウでも何でもね」

「ゴボウ? 何だそれは?」

「植物の根よ」

「芋みたいなものか?」

「芋よりも細くて繊維質で歯応えがあるのよ」

「生で食うのか?」

「大体は煮て食べるわね」

「そうか」

 会話が尽きてしまった。

 ダンカンが焦っていると、給仕の少女が麦酒を運んできた。

 よし、良いぞ、お嬢ちゃん。今日の敢闘賞は君だ。

「料理はきてないが、乾杯するか?」

「何に乾杯するの?」

 カタリナが尋ねてきた。

「え? そうだなぁ。よし」

 ダンカンは即座に決めて口にした。

「新しい副官に乾杯!」

「まぁ、嬉しいわね。乾杯!」

 二人はゴクゴクと麦酒を呷った。

 カタリナのジョッキが空になっていた。一気に全て飲み干してしまった様だ。

 ダンカンは横目でそれを確認しながら自分もと頑張った。が、神は試練を下さった。むせったのだ。

「隊長、大丈夫?」

 カタリナが席を立ってダンカンの背中を叩いてくれた。

「す、すまん」

「無茶しないでね」

 カタリナはそう言うと再び席に戻った。

 給仕の少女が現れ、テーブルの上に料理を置いてゆく。

「麦酒、追加でお願い」

「あ、俺も」

 カタリナに続いてダンカンも注文した。

「それじゃ、いただきましょう」

「そうだな。御恵みに感謝を」

 ダンカンは肉汁滴るハンバーグを頬張り、これはと、瞠目した。

 彼は無言になったのにも知らず、ガツガツとハンバーグに喰らい付いた。

 ついてきたパンを平らげ最後にジョッキを呷る。

「ふぅ」

 彼は一息吐いた。美味かったが、家庭では出ない初めての味わいだった。きっと自分の知らない香草を使っているのだろう。

「どうだったの、ハンバーグ評論家さん?」

「え?」

 ダンカンは自分が一心不乱に食べていたことに気付いた。

「う、美味かった」

「そうよね、見事な食べっぷりだったわ」

 料理を口に運びながらカタリナが言った。

 すると入り口から客が入って来た。

 小人だった。ブリー族だ。頭のてっぺん近くの薄い赤色の髪を三か所縛っている。他に耳がモミジ型をしているのが特徴だった。

 するとブリー族はこちらを振り返って言った。

「新しいお客さんだね。オイラ、お客さんの顔一度見たら忘れないからさ。新しいお客さん、良かったら今度は夜においでよ。オイラと相棒達の生演奏が聴けちゃうからね」

「それは楽しそうね。今度、隊の皆で来ましょうよ」

「そうだな」

「はい、ハリー、お弁当」

 給仕の少女が包みを手渡す。

「ありがとよ。それじゃね、新しいお客さん」

 ブリー族は去って行った。

 カタリナが食事を終えた。

「もう飲まないのか?」

 カタリナの飲みっぷりを見たダンカンは念のため声を掛けた。

「せっかくの休みですもの。少し町を見て回りたいじゃない」

 するとカタリナは少々意地悪く微笑んだ。

「それともこんなおばさんを泥酔させていけないことをしようと企んでいらっしゃるの?」

「いや、待て、誤解だ! そんなつもりはない!」

 ダンカンは慌てて否定すると相手は少々冷めた顔で言った。

「やっぱり、私って女性的な魅力ないものね」

 ダンカンは再び慌てて否定した。

「そんなことはない! カタリナは、隊員達の面倒をよく見てくれている! それに」

 綺麗だ。と、言おうとした瞬間、相手は吹き出していた。

「冗談よ、隊長。でも、私が隊の母役だとしたら、隊長は父役ね」

 その言葉を聴いてダンカンの胸が高鳴った。

「そ、そうだな。かもしれん」

 自分を抑えてダンカンはそう応じた。

 そして会計をダンカンはカタリナの分まで支払い、昼を過ぎた街中へ再び二人は出て行ったのだった。

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